ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

小学校教育

暗すぎる小中学生の顔。受験勉強は、親子の高額な楽しみとなる。

某教員夫婦、曰く。 近頃の小中学生の顔がどうも変わってきている。たとえば、昭和の中ごろと終わりごろ、そして平成の最初と最後、学校で子供の顔を見ると、明らかに変化している。 一言で表すと、だんだんと希望のない顔になっている。暗い。幸せそうでな…

音読を忘れた学校。音読指導は学習の基本であり、教員の必要条件だ。

近頃、小学校現場で、音読をさせることが少ない。というより、皆無である。これは、音読で育った世代が、現役学校教員として、完全に死に絶えたからである。もはや朗々と子供が本を読む声が、学校の教室の窓から聞こえることはなくなった。今後もないだろう…

若い女性教員の悲哀。低学年は女性、高学年は男性の担任がいい。

某人、つくづく述べたことには。 ーーーーー女性教員だから、男性教員だからと、云々すると、性差別だとジェンダー論者から叱られそうである。しかしながら、夏は暑く、梅雨時には雨が降るというように、至極当然の話をしたい。もちろん、大体においての雑駁…

プリントに頼る授業は最悪。音読のない授業は最低である。

高校から小学校高学年に至るまで、相も変わらぬプリント地獄である。授業で、子供は教科書とノートさえ持てばいい。教員もまた教科書とチョーク一本で足るはずである。それがどうだろう。教員は、プリントを山ほど刷って、子供に配る。 なーに、授業に自信が…

中学教員・高校教員は、「教科」や「生徒指導」に逃げ込む。小学校教員はスーパーマン。

同じ居酒屋に何度か行けば、なんとなく、その店の内情がわかるものである。従業員同士が張り合って、その挙句、仕事を辛いものにしている店を、稀にみる。どの職場でも同じことで、みんながもう少し利口になればいいものを、変なところで張り合ってしまう。 …

教員のいじめ。子供は油断ならぬもの。地獄も極楽。

某教員曰く、小学校高学年で音読を厳しく指導していたら、なるほど、そこそこの成果が上がって、ぐんぐんと子供たちの音読が向上した。ところが、授業中、教室の子供が挙手して言う。「先生、今なんて言いました?」子供は教員の滑舌の曖昧さを指摘したので…

相手を見て、指導する。荒れた学級は、子供の知的興味に訴える。

子供は、誰もが背伸びをする。子供は挑戦したがっている。現在の自分より少し上を常に望んでいる。なかなかの自信家であり自尊感情が強い。 子供に、知的な興味関心を育てることは簡単で、対象を子供に提示するだけでいい。もっとも、こんな簡単なことでも、…

子供の転入学校。転勤先の住所選びで、とんでもないことに。

学校によって、授業をするときの、しやすさに差がある。学校が違うのだから、当然といえば当然すぎる話だが、差はどこから来るのだろう。落ち着いた授業が成立する学校は、どこが違うのだろうか。 うまく答えが出せないのである。複合した理由があるから正解…

問題の子ども。学年をぶっ壊してご満悦。退学させて施設にいれるか。

ある人来たりて、嘆息して曰く。 今時、在籍数1000人を越えるような公立小中学校は珍しいが、都会またはその近郊では一学年5クラス6クラスの小学校が存在する。たとえば、ここに某公立小学校Xがある。 一年生が6クラスとすると、その中にたったひとり、際だ…

教員の実力と中学生の学力低下。某中学校の授業参観。

この中学校は、どこでもいい。たとえば、あなたの住んでいる近くの中学校を想像してみればいい。中学生(男子)と高校生(女子)の子を持つ親から聞いた話である。 ーーーーーーーーーーどの中学校も、中学生という難しい時期の子供を扱うわけですから、学年…

運動会や体育祭の哀しさ。無料演芸会、地域サービスもいい加減にしておけ。

小中学校は長い間、3学期制で、4月9月1月が新学期の始まりであった。現在は、2学期制が多く、この場合は10月が境目である。 新学期が始まると早々に、学校は、常にも増して大忙しである。 指導計画、教材準備、すべて万端なはずなのに、なぜバタバタするのだ…

中国や朝鮮に媚びる教科書、無駄の多い授業。他学級を嫉妬しても、損するだけ。

かつて、中学校の歴史教科書の内容について、シナやコリアが、非難してきたことがあった。 小学校の教科書については、どうなのか。今のところ、表立っては文句は出ていないようである。中国や南北朝鮮にとって、おおむね都合のよいことが書いてあるからだろ…

傲慢な子供に、教えさせていただく教員。ペコペコするのも程がある。本を忘れて思い出す。

どの社会でも、人間関係は難しい。子供相手の仕事である学校教員も、同僚や教育事務所、行政他等の人間模様の中にある。 学校は、行事等で、多人数が一度に同じことをする。実際には、「たいしたこと」はないのだが、それを「たいしたこと」と考える人間がい…

担任教員への手紙。油断大敵、保護者は力不足の教員を淘汰する。

以下は、某小学校の保護者が、担任教員へ出した手紙である。いつのものだか、分からないが、手書きである。教授技量が足りない教員は、淘汰されることになるかもしれない。 ーーーー 前略 いつもお世話になっています。さて、二三気づきがございますので、ご…

働きに応じた給料をやれ。小学校教員と大学教員では、手取りが逆。教員としての円熟と能力。

「人間は、働きに応じた給料を得るべきではないか」正面から問われると、誰もが伏し目がちになるだろう。給料分の仕事をしているのは、いったいどこにいるのだろう。 公務員は不思議な商売で、景気によって評価が左右される。特に教員はそうである。景気のい…

担任の当たり外れは、子供の進路を左右する、と。 授業参観は、子供の発表会ではない。教員の腕を見せろ。

子供は学校で学んで、学力が向上する。これは当然のようだが当然ではない。教員によって、子供の伸びが、ずいぶん違う。 知人の二人の子供(4年生と6年生)を例とする。 4年生の担任は、確固とした指導観を持っているようだ。子供たちに遠慮会釈なく学力向上…

日本人は、英語を話す使用人。小学校での英語教育は、時間の無駄である。

小学校の英語学習は百害あって一利もない。「偽毛唐」の真似事になるだけである。なるほど、英米語は、世界中で大きな顔をしている。観光旅行で通用しない国が、ほとんどない。あるとすれば、それは田舎である。だからといって、世界中がアメリカ語を話す必…

筑波大学附属小学校、国立大付小の「お受験」は、良いことづくめ。子供の背中に、重いランドセル。

筑波大学附属小学校は、東京大学が、字義通りの「名門」かどうかはともかく、国立付属小の東大といわれる「名門」なんだそうである。 地下鉄茗荷谷駅の近くにある学校で、年に数回の研究発表会を開く。全国から熱心な先生方が集まって、授業を「参観」し「協…

連休前に宿題を出す教員は、熱心なのか。宿題は単純作業がよろしい。それ以外はごまかしである。

連休近くになると、以前は、教員も子供も色めき立った。 ハワイへ行く、グアムへ行く、沖縄でいい、北海道はどうだ、言いたい放題である。近頃ではどうだろう。 さて、連休前には、宿題を出さないのが本筋である。出すのは、点数稼ぎの無能教員が多い。「私…

授業時間数だけが大切な、教員管理と行政。本物の授業の体験を持ったことがなければ、わからない。

熱心に授業をして、子供に学力を本気でつけようとする教員は、一部の保護者や教員から陰に日向に非難される傾向がある。「遅れがちの子どもに目が向いていない」とか、「学校全体の授業進度を無視する」とか、「学習成績で子供を判断するのか」等々。自分の…

「なんでも屋」の小学校教員は熟成しない。能力不足の校長の、大きな実害。

教員には、能力不足の者はあっても、悪党は少ない。能力に関わらず、「管理職になりたいです」と、すぐに顔に出る。だったら、やらせてみようと、教頭、校長に任命すると、さあ、これがまったくどうにもこうにもならない。しかし、人事発令は教育委員会だか…

小学校教員、親の文句で墜落。中学校教員、生徒対策で崩壊。高校教員、仲間内の牽制で自滅。大学教員、安楽椅子で腐敗。

知人の教員の言う通りかどうか。 小学校教員は、親の文句で墜落することが多い。近頃の新採用教員は、鈍感な子が多いので、墜落機は少なくなってはいる。幸いである。 中学校教員は、一部のお上品な地区の公立中学校はともかく、生徒対策で苦労が絶えない。…

素人監督、サッカーやテニスのにわかコーチの類。中学生の授業妨害の責任。

某役所の知人の言によると、少年少女の野球の監督、テニスやサッカーのコーチなどの、希望者が多いそうである。年金暮らしの暇人がするだけではない。その多くは、中年壮年の働き盛りで、本業の仕事だけでは、満足できないと見える。 テニスは、習得が困難な…

肝っ玉先生に、ご注意。男先生、女先生のそれぞれの魅力がある、たぶん。

教員も年配になると、それなりの貫禄がついてくる。 新卒で先生と呼ばれて、年上の親から刺すような目で授業参観されたのが、今は昔。保護者は自分より年下になった。長年の経験上、子供の扱いが上手になった、多少の知識も増えた、とあらぬ自信を持つように…

日本の小学校教員は、世界一である。しかし、教育効果が上がらないのはなぜか。

日本の初等教育に携わる教員の水準の高さは、誰がなんと言おうと世界一である。その熱心なこと、真面目なこと、繊細な配慮等々、他の追随を許さない。これは喜ばしいことだろうか。残念ながら、必ずしもそうではない。 小学校学級担任教員が優秀であっても、…

子供の我儘と親の甘え。本音を吐くと地雷原。教員の生き残る道。

子供は我儘な存在である。家庭ですらそうなのに、赤の他人ばかりの学校で、我儘を通さないことがあるだろうか。 かつて学校は、子供を家庭から切り離し、冷たく厳しい規律で、子供を震え上がらせた。学校の価値は高まった。それがどうだろう、今では、生ぬる…

「楽しい授業」は、NHK朝の連続ドラマのような俗悪番組と同類か。教科書と黒板と、そして優れた教員がいれば、それでいい。

平成30年現在、多人数の教室は減った。かといって、学級定員が少なければいいってものでもない。小学校で一学級の人数が、40人を越えても、落ち着いて静かに学習できる学級もあれば、たとえ26人でも騒がしく落ち着きのない学級もあった。しかし、学級の児童…

教員は、対象年齢が上がるほど、楽勝である。ならば、大学教員と小学校教員の給料は、差をつけなければならない。

大学院生の研究発表会で、大学院教員のM(仮名、年齢58歳)が、一人ひとりの発表の後に、しきりにこう言う。「で、今日の成果としては・・・」。なんだか、忙しない奴だと思ったが、考えてみると、なかなか正直な男である。 と言うのも、大学や院の研究発表…

長すぎる学校生活。授業の押し売りは、のっぺりと従順な国民の量産に最適だろうか。

体育や美術などの実技系の授業によくみられることだが、実際に子供が活動することが授業の眼目であるはずなのに、なかなか子供の動きがみられない。子供を動かさない、子供の動きを封じてしまっている授業がよくある。指導者が、授業の体裁を取り繕うために…

小学6年生の学級担任は、子供の人生を変える。「当たり」の教員を探して転校し続けても無駄である。

小学校の6年生の担任の影響は大きい。小学校に通う6年間のうち、6年生の時だけが特別ではない、と言えばわかりやすいだろうが、そうではない。1年生から5年生までどんなにひどい状況であっても、6年生の時の担任の力で、立ち直らせることできるからである。…