ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

させていただく

「なんでも屋」の小学校教員は熟成しない。能力不足の校長の、大きな実害。

教員には、能力不足の者はあっても、悪党は少ない。能力に関わらず、「管理職になりたいです」と、すぐに顔に出る。だったら、やらせてみようと、教頭、校長に任命すると、さあ、これがまったくどうにもこうにもならない。しかし、人事発令は教育委員会だか…

先生には尊敬と感謝。マスコミや政治屋とは扱いが違う。

旅客来たりて嘆いて曰く。 子供が、親の期待通りまたは予定通りに育たなかった、あるいは、思うように伸びなかった。だからといって、その原因または責任を、学校や教員に押し付けて良いものかどうか。そんなこと、並の神経の持ち主なら、すぐにわかりそうな…

教員や国会議員は、何事も、「させていただく」のか。だったら、「辞めさせていただく」がいい。

某日、某コーヒー店のラジオから、だみ声で不仕付けに流れる参議院予算員会中継を漫然と聞いていると、質疑する議員が「させていただく」の連発である。「先日、熊本の被災地へ行かせていただきました」「何々の問題について、調べさせていただいて」謙譲語…

競争のない運動会、体育祭は無駄である。団体演技は、共産圏の宣伝運動の如き。

運動会は無駄である。 運動会というイベントがある。軍国主義とやらが大嫌いらしいそぶりを見せる「教員組合」も、不思議と運動会だけは賛成であった。ただの賛成なら、可愛げもあるが、競争のある運動会は駄目で、競争のない運動会なら、いいのだそうである…

子供は、教員の奴隷である。入学以来、周りを見て育つ小学生。

子供たちは、小学校に入学すると、さっそく担任から、ああしなさいこうしなさいと、命令される。それは、仕方のないことである。子供たちは、個性の塊と言うよりは、我がまま勝手な暴君の集まりである。担任は一人で、手強い彼らを相手にしなければならない…