ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

学習指導要領

まだまだ続く「総合的学習の時間」の毒。調べ学習にポスターセッション。流行物は廃り物である

小学校中学校高等学校の「総合的学習の時間」(小学校低学年は「生活科」と称す)は、ほとんど無意味なことが明らかになった今も、惰性で時間つぶしをさせている。 あんなものを、学校で取り扱う「学習」だと、本気で考えているとしたなら、不勉強を通り越し…

「読み書き計算」が学力の中身である。失敗ばかりする学習指導要領。

学校は、学力をつけるところであると、誰でもが思う。ところが、学力の中身が、今ひとつはっきりしない。学力とは何か。その人に身についた学習結果のことである。では、義務教育期間での、学習とは何か。段階的に基礎的知識を学ぶことである。すると、学力…

子供ごときに振り回されるな。荒れる中学校と元気のない教員。

学校に元気がない。特に中学校は落ち込んでいる。教員が自信を持って子どもに接していない。原因の一つは、学校の教育方針が揺れていることにある。本を正せば、教育に、芯がないからである。戦後、教育の芯がなくなり、その場その場で、ふわふわと流されて…

社会科は不要な教科なのか。『はだしのゲン』閲覧制限撤回と、教委職員の度素人ぶり。

ずいぶん前のことになるが、ある席で、次のような意見を聞いた。~~~~~~~~~~~社会科なんて無駄な教科は、なくすに限る。先の戦争に負けて以来、図々しくも、教科の一つに、居座っている。いったい、社会科で、何を教えているのだろうか。あれは学…

嘘くさい「活発な授業」、学校から競争をなくして、学力を下げよう。

教員は、授業を、一方的な思い込みで判断しがちである。子供が、手を挙げていさえすれば、「活発な授業」と言う。子供が、思いつきの発言をしたら、「発表が多かった」と満足する。ざわざわと隣の子供と無駄話をしていても、「子ども同士の交流があった」と…

聖徳太子を厩戸王と呼ばせてグローバル化に推進。さすがの文科省である。

文科省が、次の学習指導要領で聖徳太子の名前を変更するという暴挙に出た。国民の多くから反対されそうな情報を得るや否や、さっそく手のひら返して、変更を取りやめた。相変わらずの小心な役人根性である。一体全体、学習指導要領なる代物は、文科省の存在…