ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

日本のシニアは不幸なのか。愉快な老後と、子供の顔。

海外で長く暮らした某人曰く。 どうして日本人のシニアは、不幸なのだろう。 早朝でも夕刻でも、苦い顔して、虚空を見つめ、散歩と称するよちよち歩き。お決まりの病院通い。わけのわからない70過ぎの手習い。別に働くでもなし、金もあり。時間は死ぬまでた…

暗すぎる小中学生の顔。受験勉強は、親子の高額な楽しみとなる。

某教員夫婦、曰く。 近頃の小中学生の顔がどうも変わってきている。たとえば、昭和の中ごろと終わりごろ、そして平成の最初と最後、学校で子供の顔を見ると、明らかに変化している。 一言で表すと、だんだんと希望のない顔になっている。暗い。幸せそうでな…

音読を忘れた学校。音読指導は学習の基本であり、教員の必要条件だ。

近頃、小学校現場で、音読をさせることが少ない。というより、皆無である。これは、音読で育った世代が、現役学校教員として、完全に死に絶えたからである。もはや朗々と子供が本を読む声が、学校の教室の窓から聞こえることはなくなった。今後もないだろう…

筑駒文化祭。褒めて育てる。楽しい見世物、童形と時分の花。

子供は褒めて伸ばすという。人は誰でも、褒められたい存在だから、まして素直な子供のころは、褒められたくて仕方がない。 安直な誉め言葉は、子供とはいえ、相手に見透かされる。しかし、褒められた当人からしたら、見透かしても、やはり褒められたのだから…

若い女性教員の悲哀。低学年は女性、高学年は男性の担任がいい。

某人、つくづく述べたことには。 ーーーーー女性教員だから、男性教員だからと、云々すると、性差別だとジェンダー論者から叱られそうである。しかしながら、夏は暑く、梅雨時には雨が降るというように、至極当然の話をしたい。もちろん、大体においての雑駁…

プリントに頼る授業は最悪。音読のない授業は最低である。

高校から小学校高学年に至るまで、相も変わらぬプリント地獄である。授業で、子供は教科書とノートさえ持てばいい。教員もまた教科書とチョーク一本で足るはずである。それがどうだろう。教員は、プリントを山ほど刷って、子供に配る。 なーに、授業に自信が…

教員の「面当て自殺」、マスコミ人のペルソナのごとき。

ある人が言うには。 同期生が、大臣として入閣した。そんなことが何度か続いた。「あんなやつが」と吐き捨てるように、君は言うけれども、まあ、そんなに怒るな。かつての高校の級友は、今の本人ではない。環境が人間を作る。弱い精神にとって、これは事実で…

筑駒のミスコンは、終わりか。筑駒文化祭。生煮えのカレーと驕り。

縁あって今年も筑波大学付属駒場中・高等学校の文化祭を覗いてみた。去年、少し甘すぎたので、今年は辛口で書く。 パンフ「暁」は、去年度に比べて、わかりやすくするために整理した痕跡はあるが、しかし、まだ身内向けすぎて、新しい訪問者には不親切だ。気…

私立高校の怠慢が、身を亡ぼす。ランク以下の私立高校や公立高校の「不本意入学者」。

公立学校は親方日の丸だから、教職員の身分は安泰である。学校がつぶれても、転勤すればいいだけのことで、勤務校が閉鎖されるのは、行政の判断だから、教員個人からすれば、一つの「思い出」にはなっても、直接の責任を感じなくても済む。学校経営の主体は…

中学生、同級生を撲殺して川へ突っ込む。加害者と被害者の逆転

もう大方はお忘れだろうが、いじめられていた中学生が、自分をいじめた中学生を撲殺した上に、川の中に叩き込んだという事件があった。完全に絶命しているのにもかかわらず、石を何度も頭に振り下ろし、顔を下にして川に突っ込んだ。よほど相手が怖かったの…

中学教員・高校教員は、「教科」や「生徒指導」に逃げ込む。小学校教員はスーパーマン。

同じ居酒屋に何度か行けば、なんとなく、その店の内情がわかるものである。従業員同士が張り合って、その挙句、仕事を辛いものにしている店を、稀にみる。どの職場でも同じことで、みんながもう少し利口になればいいものを、変なところで張り合ってしまう。 …

教員のいじめ。子供は油断ならぬもの。地獄も極楽。

某教員曰く、小学校高学年で音読を厳しく指導していたら、なるほど、そこそこの成果が上がって、ぐんぐんと子供たちの音読が向上した。ところが、授業中、教室の子供が挙手して言う。「先生、今なんて言いました?」子供は教員の滑舌の曖昧さを指摘したので…

相手を見て、指導する。荒れた学級は、子供の知的興味に訴える。

子供は、誰もが背伸びをする。子供は挑戦したがっている。現在の自分より少し上を常に望んでいる。なかなかの自信家であり自尊感情が強い。 子供に、知的な興味関心を育てることは簡単で、対象を子供に提示するだけでいい。もっとも、こんな簡単なことでも、…

何が悲しくて教員なんか。都会と地方の教員のメンタルヘルスケア。

働き方改革だそうである。メンタルヘルスケアだそうである。教員は、体力気力とも、無理を続ける人が多い。ふとしたはずみで、精神を病む。疲れが残る、気持ちが落ち込む、などというが、そんな生易しいものではない。死にかかるほどの疲労で、起き上がるこ…

アクティブ・ラーニングはごまかし。言葉が躍る指導要領は、無駄である。

他の省庁に比べて、文科省のつらいところは、何かをやっているふりをしなければならないことだ、とある人が言った。 本来は暇を持て余して、あってもなくてもいいような役所である。しかし、極楽な毎日でも、文科省の職員として、給与は払われているのだから…

子供の転入学校。転勤先の住所選びで、とんでもないことに。

学校によって、授業をするときの、しやすさに差がある。学校が違うのだから、当然といえば当然すぎる話だが、差はどこから来るのだろう。落ち着いた授業が成立する学校は、どこが違うのだろうか。 うまく答えが出せないのである。複合した理由があるから正解…

キャッチの世の中。スター誕生や綺麗ごと。教育は、ひたすら「虚しい」か。

私立学校には、建学の精神というほどのものがある。半ば形骸化して、惰性で続いているだけのような学校も、創立者の理念だの、建学の精神だの、能書きだけは一流である。とすれば、私立学校は、学校ごとに大きな特色があって当然で、ない方がおかしいことに…

問題の子ども。学年をぶっ壊してご満悦。退学させて施設にいれるか。

ある人来たりて、嘆息して曰く。 今時、在籍数1000人を越えるような公立小中学校は珍しいが、都会またはその近郊では一学年5クラス6クラスの小学校が存在する。たとえば、ここに某公立小学校Xがある。 一年生が6クラスとすると、その中にたったひとり、際だ…

いじめ男子を排除する。甘い顔でおもてなし、大概にしておけ。

学校の問題は数あるが、いじめは大きな問題である、とされている。 他人からうけた行為を、いじめと感じ、それにめげてしまうか、避けて通れない経験と観念して受け流すか、対峙して対抗策をとるのか、等々の対応は、人それぞれである。もっとも、子どもの場…

教員の実力と中学生の学力低下。某中学校の授業参観。

この中学校は、どこでもいい。たとえば、あなたの住んでいる近くの中学校を想像してみればいい。中学生(男子)と高校生(女子)の子を持つ親から聞いた話である。 ーーーーーーーーーーどの中学校も、中学生という難しい時期の子供を扱うわけですから、学年…

運動会や体育祭の哀しさ。無料演芸会、地域サービスもいい加減にしておけ。

小中学校は長い間、3学期制で、4月9月1月が新学期の始まりであった。現在は、2学期制が多く、この場合は10月が境目である。 新学期が始まると早々に、学校は、常にも増して大忙しである。 指導計画、教材準備、すべて万端なはずなのに、なぜバタバタするのだ…

見よ東海の空明けて、と歌う小学生。東海林太郎の歌や小津安二郎の映画は日本文化である。

東海林太郎の歌が好きで、下手ではあるが、時々カラオケで歌う。 愛国行進曲 東海林太郎 この歌は、小学校唱歌だったとしても、優れた出来栄えである。この歌詞を、やれ帝国主義だの、軍国主義思想だの言う輩は、もとより覚悟のない連中で、論ずるに足らない…

高校の授業料が無料なら、大学も授業料タダが筋である。大学教員の精選と意欲ある学生。

教育には、金がかかる。高校の授業料が無料またはそれに類似したものになって、久しい。 現憲法にも、教育の機会均等の名目で「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければ」ならない、とある。だったら、義務教育ではない…

教員同士を競わせても無駄である。子供や教員のレベル、能力不足は仕方がない。

二流三流の中学や高校では、と書くと、怒り出す人がいるだろうが、その実、誰でも、学校には、一流から末流まであることは知っている。 同じ二流三流であっても、教員にとって、勤務校や担当教科によって、天国と地獄との差異がある。天国は、のんびりゆっく…

他人から説教される快感。金が解決するわが子の教育、は素敵だ。

つくづく、私たちは、お説教が大好きである。説教するのが好きで、説教されるのも、大好きなのである。 テレビ新聞雑誌、ついには、お手軽の極みである動画共有サイトに至るまで、他人に説教する連中でいっぱいである。 自分が一番詳しいはずの、わが子の教…

世界警察がないのに、核廃絶、恒久平和は可能か。相対善としての大国アメリカ。奴隷を楽しむも一興なり。

居酒屋にて、ある人曰く。 ーーー どうも困ったものである。 核なき世界だそうである。恒久平和だそうである。反核のうねり、平和国家、核拡散反対だそうである。綺麗事は、何とでもいえる。 治安維持に警察が必要なように、火事に消防が必要なように、ある…

子供の「安心安全」はあるのか。親が、子供の送り迎えをするしかない。 At Your Own Risk

At Your Own Risk自分の責任に置いて、自分の判断で、どうぞご勝手に。ためになる言葉である。日本の教育に欠けているのはこの精神なのだ。「自己責任」という言葉がなんとなく流行ったことがあった。例のごとく、すぐ廃れて忘れ去られた。 日本以外では、At…

医者が、死ぬまで医者なら、教員も同じこと。 芯のない教育で、子供を迷わせてばかり。

夕涼みである。知人来りて言うには。 近頃の校長は変わっている。校内で、教職員が「校長」と呼ぶと、怒り出す。「○○校長先生」と呼ばないと機嫌が悪い。教頭も以下同文で、同僚教員が「○○教頭」と呼ぶと、ぷいと横を向く。「○○教頭先生」と言ってやらないと…

教員は、空き家で何をする気だろう。夏休み、長期休業中は、研修と草むしりとペンキ塗り。

身銭を切って、何かを学ぶことを、利巧という。道に知識を拾わないものは馬鹿だ、と露伴は言った。 頼まれもしないのに、自分の意思で学ぼうとするのは、何ものかを得るための最良の方法である。他人にものを教えることが職業のはずの教員が、自分でも学ぼう…

新校舎建設ラッシュ。たくさんの学校は不要である。NHKマスコミの宣伝を鵜呑みにして、時流に迎合する。

子供の数は減りつつあるのに、あちらでもこちらでも学校をどんどんつくっている。学校の数が増えているばかりか、既存の学校も、規模を拡大している。競って、校舎の新築増築、新学部学科の増設である。傍から見ていて、気味が悪い。どうせ、ろくな教育も研…