ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

授業で全員感染。コロナどこ吹く風邪。なんだか怪しい武漢ウイルス騒動。

新型コロナ、武漢肺炎、感染者数。緊急事態宣言とか。どうも何かが変だぞ。とはいえ、空気に包まれ、そこから脱出しようとせずに、同調圧力に付和雷同するのが、わが日本国民の習慣習性運命である。 連日連夜の政治マスコミテレビ局の「新型コロナウイルスの…

コロナウイルスを押し込む。授業がなくても、給料はそのまま。学校教員の高笑い。

知人が来て言うには、学校現場のゆったり感は半端ない、とのことである。 ーーーーー学校の授業が全然なくても、当然のように、給料はそのまま振り込まれている。学校教員の高笑いが聞こえそうである。 なんて言うと、憎々しいようだが、そうでもない。学校…

新型コロナウイルス関連の死亡者数、日本で3万人程度。学校再開が怪しくなってきた。

4月からの学校再開だが、ここにきて少し怪しくなってきた。新型コロナの大騒ぎは、オリンピックを延期させた。それはそれで、落ち着くところに落ち着いた。落ち着かないのは、コロナ肺炎の蔓延で、騒げば、騒ぐほど、大ごとになる。 何度でも言う。新型コロ…

感染爆発は連続する。新型コロナは自然治癒するから、学校再開である。

学校教育では、国語科や数学科を中心として、論理的な思考方法の訓練をする。情報の的確な理解と表現である。 テレビを中心とするマスコミでは、「新型コロナ感染症祭り」が、まだ続いている。大量に流される新型肺炎についての情報らしきものは、内容が豊富…

4月から学校開始を喜ぶ子供たち。風邪も、新型コロナウイルスも、どこに行った?

どうやら、4月から、以前、予想したように、学校が始まる。 一体全体、風邪ごときでいつまでも休校にして、いいわけがない。すべての活動が閉じても、予定の期間が過ぎたら、学校は開かなければならない。 ありていに言えば、子供が親が、退屈なのだ、大変な…

できない坊主を授業の中心にしたらダメだ。かっこうはいいが、現実的ではない。ぱるるの授業批評9

文中の指導者とは、授業を進める人、つまり授業をしている教員のことである。 授業批評9 子供が、指導者の指示をすぐに理解し、行動に移すことができた。指示が明確である。 引き算の筆算。 学習姿勢を確認したのはいい。グループごとの確認は、時間をとるも…

4月から学校再開。子供が元気に通学する。コロナウイルス騒動も過ぎて、テレビの大儲けは終わり。

旅客来りて、嘆いて曰く。 私はテレビを見ない。テレビは諸悪の根源で、あんなものを熱心に見るのは、それ相応の人々である。などというと、怒る人もいるだろうが、勝手に怒ってくれ。 私には、あのテレビ受像機の向こうの茶番劇を平然と見ることができない…

感染者が一億人。新型コロナウイルスは風邪である。自然に治る。現に治った人ばかり。

某人曰く。 ーーー 新型コロナウイルス騒動で、連日連夜、テレビが、大袈裟に絶叫する。 テレビ局は、笑いが止まらない。空前の視聴率で、「新型コロナ」「新型肺炎」「感染者数」「パンデミック」だのと、大騒ぎする。コロナの話題で、視聴者を引っ張り、騒…

コロナウイルス流出にしては、北京政府のお粗末。新型肺炎(covid-19)生物化学兵器論、某教員いわく。

某教員が、来訪して言うには。 新型コロナウイルス(covid-19)が、中国武漢発の「武漢コロナ」であることはまず間違いないが、それにしても、ここまで大きくなるには、中国の政策の失敗があったのではないか。 人は嫌なことは見たくない。それは北京政府も…

新型コロナの感染者、数十万人。セキでうつって、勝手に治る。でも少し体調が変だ。

「避けるものが何かをわかっていても、何を求めているかは、わかっていない」と古人は言った。 新型コロナウイルス騒動は、感染者がどこで何人、あそこで何人とか言っているが、そう都合よく出てくるものでない。 前にも、言ったように、すでに日本国内で、…

全国休校、授業中止、今こそチャンスだ。生きる力、アクティブラーニング、自主性、とやら、存分に発揮してみろ。

どうもよくわからない。 高学年の小学生の子供を持つ親が曰く。 私がフルタイムで働いているので、子供だけで家においてはおけない、と。 これまた奇怪なことを言う。 子供が昼間、家で過ごすことの、いったいどこが問題だというのだろう。子供が家にいるの…

休校に伴う保護者の休職に、助成金が必要か。新型肺炎に甘えるのがお好き。

子供が休むから親も休むというのは変なことである。しかし、なにがなんでも子供と過ごしたい、というなら、休むがいい。しかし、休んでいるのに、給料をよこせというのも変な話ではないだろうか。 その金は一体だれが出すのだろう。 税金である。左様、君の…

自宅待機の子供は自習するべし。ニュースコメンテーターやテレビ評論屋は、浮ついたテレビ芸人か。

市民なりの政治、国民なりの指導者、という言葉がある。政治家を批判し政府を非難し、為政者を馬鹿にしたつもりになっても、無駄である。彼が彼女が、議員であるのは、選挙民がそのレベルだからだ。議員も、国民のひとりである。国民以上の「政治家」がいる…

学校が休校ならば、家で留守番をさせるがいい。甘える保護者の胸算用。

昨日に続いて、今日も書く。こういうことは珍しいのだが、新型コロナウイルス騒動だから、仕方がない。 新型コロナウイルス感染症対策で、政府が自治体に休校要請をした。各学校設置者は基本的には、中央からの指示待ち体質だから、一も二もなく、要請通りに…

新型コロナウイルスによる休校要請をした政府。卒業式はどうなるか。教員や子供の本心。

政府が、新型コロナウイルス感染に対するために、全国の小中学校高校へ、期間限定の休校を要請した。要請とあるが、だれも逆らったりしない。学校というところは、権力には絶対服従である。 教育関係者は、この数週間、だんだんひどくなる、保護者からの疑問…

新型コロナウイルスと学校。教室でマスクをしない子が増えた。雪崩で死んだ高校生。

新型コロナウイルスは、感染力が強いという。ならば、すでに各学校、各教室で蔓延しているだろう。教室は密室である。冬季だから、授業中、窓を開放しない。密閉された空間で、誰かがくしゃみなり、咳をすれば、飛沫はほとんど全員に飛び散るだろう。感染す…

中高一貫教育の主役は、私立から公立学校へ。大学施設は介護施設になる。

長い間、私立の中学校や高校は、中高一貫教育が売りで、中学校に入りさえすれば、高校まで保証した。経営グループが大学を持っていれば、大学卒業まで面倒を見た。良い悪いではない。つまるところ、金である。商売である。 そこに公立学校が乱入した。都道府…

日本を滅ぼす「ゆとり教育」。知識の「詰め込み」と新曲「アクティブ・ラーニング」

今は昔。 ーー ゆとり教育の推進者は、日本政府、文科省(文部省)、マスコミ全般、利に連動する大学関係者の類だった。当時は、ゆとり教育に、だれもが諸手を挙げて、賛成した。反対しようものなら、村八分にして、アカポスにつけないようにしたり、マスコ…

教育の敵。マスコミは愚劣な扇動者、テレビは悪そのものである。

学校現場は、無駄口ばかりたたいて、肝心なことは知らぬ存ぜぬで頬被りをする。子供が家庭に持って帰るプリントが多すぎる。何かと見れば、内容は各種団体の宣伝である。保護者向けの「お知らせ」や「学校便り」に「学年便り」「学級だより」「教科便り」だ…

スポーツが得意な高校生は、低学力でも入試に勝てる。大学は宣伝のためなら、なんでもあり。

大学はどこもかしこも経営難である。 「偏差値が55以下ともなると、大学というよりはレジャーランド、暇つぶし、学士を得るための免許センターのようだ」、入試情報に詳しい人の言である。 馬鹿げた偏差値ごっこは論外として、大学は、高い費用を払ってまで…

学業優秀の小学生は、中学でいじめられる。進学先を慎重に選べ、という話。

某元教員が語ることには。 ーーーーーそれほど遠くない昔、学級の子供に、男子Xと女子Yとがいた。 両名とも学業優秀にして人格高潔である。なんて書くと、中島敦調風だが、ともかくも、よくできる子供である。 学級の子供の半数は、国立や私立に行く気であ…

「難問題」も笑って解ける。入試問題作成、ご苦労様である。読書量と質。

中高一貫学校の入試問題は中学の教員が、高校の入試問題は高校教員が、大学入試問題は大学教員が作成する(ことがほとんどである)。 次年度の入試問題作成担当に決まった教員は、校務分掌を外される、または著しく減らしてもらえる。問題作成に没頭させるた…

中学受験は、楽しいゲームである。受験ゲームの主役は、親か子供か

中学受験が始まった。来月、2020年1月は、中高一貫校の受験日である。各中学を目指す子供にとって、連日、わくわくと興奮する時期である。 中学入試は、子供の楽しい娯楽であり、ゲームであるけれども、費用がかかる。家庭経済の事情で、受験ゲームができる…

学校は躾の場ではない。子供の品位は、親の躾、遺伝、環境で決まる。

学校は、学業を教えるところであって、躾をする場所ではない。「勉強は塾で、躾は学校で」と本気で信じている親がいる。性質(たち)の悪い冗談だろうと思っていたが、実際にいるのである。学校も学校で、「生活指導」という、わけのわからない名目で、喜ん…

日本のシニアは不幸なのか。愉快な老後と、子供の顔。

海外で長く暮らした某人曰く。 どうして日本人のシニアは、不幸なのだろう。 早朝でも夕刻でも、苦い顔して、虚空を見つめ、散歩と称するよちよち歩き。お決まりの病院通い。わけのわからない70過ぎの手習い。別に働くでもなし、金もあり。時間は死ぬまでた…

暗すぎる小中学生の顔。受験勉強は、親子の高額な楽しみとなる。

某教員夫婦、曰く。 近頃の小中学生の顔がどうも変わってきている。たとえば、昭和の中ごろと終わりごろ、そして平成の最初と最後、学校で子供の顔を見ると、明らかに変化している。 一言で表すと、だんだんと希望のない顔になっている。暗い。幸せそうでな…

音読を忘れた学校。音読指導は学習の基本であり、教員の必要条件だ。

近頃、小学校現場で、音読をさせることが少ない。というより、皆無である。これは、音読で育った世代が、現役学校教員として、完全に死に絶えたからである。もはや朗々と子供が本を読む声が、学校の教室の窓から聞こえることはなくなった。今後もないだろう…

筑駒文化祭。褒めて育てる。楽しい見世物、童形と時分の花。

子供は褒めて伸ばすという。人は誰でも、褒められたい存在だから、まして素直な子供のころは、褒められたくて仕方がない。 安直な誉め言葉は、子供とはいえ、相手に見透かされる。しかし、褒められた当人からしたら、見透かしても、やはり褒められたのだから…

若い女性教員の悲哀。低学年は女性、高学年は男性の担任がいい。

某人、つくづく述べたことには。 ーーーーー女性教員だから、男性教員だからと、云々すると、性差別だとジェンダー論者から叱られそうである。しかしながら、夏は暑く、梅雨時には雨が降るというように、至極当然の話をしたい。もちろん、大体においての雑駁…

プリントに頼る授業は最悪。音読のない授業は最低である。

高校から小学校高学年に至るまで、相も変わらぬプリント地獄である。授業で、子供は教科書とノートさえ持てばいい。教員もまた教科書とチョーク一本で足るはずである。それがどうだろう。教員は、プリントを山ほど刷って、子供に配る。 なーに、授業に自信が…