ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

中学教員・高校教員は、「教科」や「生徒指導」に逃げ込む。小学校教員はスーパーマン。

同じ居酒屋に何度か行けば、なんとなく、その店の内情がわかるものである。従業員同士が張り合って、その挙句、仕事を辛いものにしている店を、稀にみる。どの職場でも同じことで、みんながもう少し利口になればいいものを、変なところで張り合ってしまう。 …

教員のいじめ。子供は油断ならぬもの。地獄も極楽。

某教員曰く、小学校高学年で音読を厳しく指導していたら、なるほど、そこそこの成果が上がって、ぐんぐんと子供たちの音読が向上した。ところが、授業中、教室の子供が挙手して言う。「先生、今なんて言いました?」子供は教員の滑舌の曖昧さを指摘したので…

相手を見て、指導する。荒れた学級は、子供の知的興味に訴える。

子供は、誰もが背伸びをする。子供は挑戦したがっている。現在の自分より少し上を常に望んでいる。なかなかの自信家であり自尊感情が強い。 子供に、知的な興味関心を育てることは簡単で、対象を子供に提示するだけでいい。もっとも、こんな簡単なことでも、…

何が悲しくて教員なんか。都会と地方の教員のメンタルヘルスケア。

働き方改革だそうである。メンタルヘルスケアだそうである。教員は、体力気力とも、無理を続ける人が多い。ふとしたはずみで、精神を病む。疲れが残る、気持ちが落ち込む、などというが、そんな生易しいものではない。死にかかるほどの疲労で、起き上がるこ…

アクティブ・ラーニングはごまかし。言葉が躍る指導要領は、無駄である。

他の省庁に比べて、文科省のつらいところは、何かをやっているふりをしなければならないことだ、とある人が言った。 本来は暇を持て余して、あってもなくてもいいような役所である。しかし、極楽な毎日でも、文科省の職員として、給与は払われているのだから…

子供の転入学校。転勤先の住所選びで、とんでもないことに。

学校によって、授業をするときの、しやすさに差がある。学校が違うのだから、当然といえば当然すぎる話だが、差はどこから来るのだろう。落ち着いた授業が成立する学校は、どこが違うのだろうか。 うまく答えが出せないのである。複合した理由があるから正解…

キャッチの世の中。スター誕生や綺麗ごと。教育は、ひたすら「虚しい」か。

私立学校には、建学の精神というほどのものがある。半ば形骸化して、惰性で続いているだけのような学校も、創立者の理念だの、建学の精神だの、能書きだけは一流である。とすれば、私立学校は、学校ごとに大きな特色があって当然で、ない方がおかしいことに…

問題の子ども。学年をぶっ壊してご満悦。退学させて施設にいれるか。

ある人来たりて、嘆息して曰く。 今時、在籍数1000人を越えるような公立小中学校は珍しいが、都会またはその近郊では一学年5クラス6クラスの小学校が存在する。たとえば、ここに某公立小学校Xがある。 一年生が6クラスとすると、その中にたったひとり、際だ…

いじめ男子を排除する。甘い顔でおもてなし、大概にしておけ。

学校の問題は数あるが、いじめは大きな問題である、とされている。 他人からうけた行為を、いじめと感じ、それにめげてしまうか、避けて通れない経験と観念して受け流すか、対峙して対抗策をとるのか、等々の対応は、人それぞれである。もっとも、子どもの場…

教員の実力と中学生の学力低下。某中学校の授業参観。

この中学校は、どこでもいい。たとえば、あなたの住んでいる近くの中学校を想像してみればいい。中学生(男子)と高校生(女子)の子を持つ親から聞いた話である。 ーーーーーーーーーーどの中学校も、中学生という難しい時期の子供を扱うわけですから、学年…

運動会や体育祭の哀しさ。無料演芸会、地域サービスもいい加減にしておけ。

小中学校は長い間、3学期制で、4月9月1月が新学期の始まりであった。現在は、2学期制が多く、この場合は10月が境目である。 新学期が始まると早々に、学校は、常にも増して大忙しである。 指導計画、教材準備、すべて万端なはずなのに、なぜバタバタするのだ…

見よ東海の空明けて、と歌う小学生。東海林太郎の歌や小津安二郎の映画は日本文化である。

東海林太郎の歌が好きで、下手ではあるが、時々カラオケで歌う。 愛国行進曲 東海林太郎 この歌は、小学校唱歌だったとしても、優れた出来栄えである。この歌詞を、やれ帝国主義だの、軍国主義思想だの言う輩は、もとより覚悟のない連中で、論ずるに足らない…

高校の授業料が無料なら、大学も授業料タダが筋である。大学教員の精選と意欲ある学生。

教育には、金がかかる。高校の授業料が無料またはそれに類似したものになって、久しい。 現憲法にも、教育の機会均等の名目で「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければ」ならない、とある。だったら、義務教育ではない…

教員同士を競わせても無駄である。子供や教員のレベル、能力不足は仕方がない。

二流三流の中学や高校では、と書くと、怒り出す人がいるだろうが、その実、誰でも、学校には、一流から末流まであることは知っている。 同じ二流三流であっても、教員にとって、勤務校や担当教科によって、天国と地獄との差異がある。天国は、のんびりゆっく…

他人から説教される快感。金が解決するわが子の教育、は素敵だ。

つくづく、私たちは、お説教が大好きである。説教するのが好きで、説教されるのも、大好きなのである。 テレビ新聞雑誌、ついには、お手軽の極みである動画共有サイトに至るまで、他人に説教する連中でいっぱいである。 自分が一番詳しいはずの、わが子の教…

世界警察がないのに、核廃絶、恒久平和は可能か。相対善としての大国アメリカ。奴隷を楽しむも一興なり。

居酒屋にて、ある人曰く。 ーーー どうも困ったものである。 核なき世界だそうである。恒久平和だそうである。反核のうねり、平和国家、核拡散反対だそうである。綺麗事は、何とでもいえる。 治安維持に警察が必要なように、火事に消防が必要なように、ある…

子供の「安心安全」はあるのか。親が、子供の送り迎えをするしかない。 At Your Own Risk

At Your Own Risk自分の責任に置いて、自分の判断で、どうぞご勝手に。ためになる言葉である。日本の教育に欠けているのはこの精神なのだ。「自己責任」という言葉がなんとなく流行ったことがあった。例のごとく、すぐ廃れて忘れ去られた。 日本以外では、At…

医者が、死ぬまで医者なら、教員も同じこと。 芯のない教育で、子供を迷わせてばかり。

夕涼みである。知人来りて言うには。 近頃の校長は変わっている。校内で、教職員が「校長」と呼ぶと、怒り出す。「○○校長先生」と呼ばないと機嫌が悪い。教頭も以下同文で、同僚教員が「○○教頭」と呼ぶと、ぷいと横を向く。「○○教頭先生」と言ってやらないと…

教員は、空き家で何をする気だろう。夏休み、長期休業中は、研修と草むしりとペンキ塗り。

身銭を切って、何かを学ぶことを、利巧という。道に知識を拾わないものは馬鹿だ、と露伴は言った。 頼まれもしないのに、自分の意思で学ぼうとするのは、何ものかを得るための最良の方法である。他人にものを教えることが職業のはずの教員が、自分でも学ぼう…

新校舎建設ラッシュ。たくさんの学校は不要である。NHKマスコミの宣伝を鵜呑みにして、時流に迎合する。

子供の数は減りつつあるのに、あちらでもこちらでも学校をどんどんつくっている。学校の数が増えているばかりか、既存の学校も、規模を拡大している。競って、校舎の新築増築、新学部学科の増設である。傍から見ていて、気味が悪い。どうせ、ろくな教育も研…

国語嫌いを増やす国語教科書。お粗末な学校図書館。大半の本は、ゴミである。

国語の教材には、日本の古典、漢文の他に「現代文」がある。明確な定義はないが、明治以後の文章のことであろう。教材の現代文は、よい文章ばかりとは限らない。つまらない文章がある。これでも日本語かと疑うような、ひどい文章もある。その文章を細切れに…

夏休みの課題は、無駄なプリントでいっぱい。海外旅行、海外赴任もネットで満足。

2019年7月末日現在。 現役の教員の多くは、夏休みに突入である。昔々、夏休みが近づくと、職員室では、教員たちの、ハワイだスペインだカナダだの、旅行の予定を言いたい放題だった。子供は子供で、9月の新学期になると、どこそこに行った何を買って帰ったと…

自分を見せたいのは、みんな同じ。夏休み、教員の執念、スマホでピコピコ、テレビ芸人、貧乏国家。

旅客来りて嘆いて曰く。 夏休みは、子供は学校に行かない。ならば、こちらから出向いてやる、とばかりに、「学級だより」のプリントを、夏休み中、毎朝、届けてくる教員がいた。雨の日も風の日も、自転車で学級の子供たち全員の家のポストに投函してくる。そ…

嘘くさい「活発な授業」、学校から競争をなくして、学力を下げよう。 みんな一緒にお仲間である。

教員は、授業を、一方的な思い込みで判断しがちである。子供が、手を挙げていさえすれば「活発な授業」。子供の思いつきの発言にも、「発表が多かった」と満足する。隣の子供と無駄話をしていても、「子ども同士の交流があった」と喜ぶ。授業の目的が、子供…

競争は、子供の心を傷つける、だから止める。コンクールは流行遅れなのか。

昔々、聞いた話である。ーーーーかつて、コンクールの盛んな時期があった。小中高の生徒向けの、絵画音楽作文主張など、主催が官公庁や新聞社、各種財団、県、市、郡、ついには小さな町の名を冠したコンクールまであった。コンクールにはよく出た。当時は、…

教員人事は情実の世界。仲間内で誉め合い、助け合い、他を蹴落とす。

かつて、〇〇記念パーティの類の会合で、高名な精神科医が、ここまでやってこれたのも多くの方の力添えで云々、とスピーチをした。それはそうだろう、言える立場だから、吐く言葉だろうが、東大は東大を助ける。と同様に、常に互いに誉め合って、外部を排除…

大学生の就職事情、今は昔。高い才能は別格。凡人は教職を目指せ、と言う人もいる。

以下は、某企業の知人から聞いた話である。 そこそこ名の知れた大学を出れば、まあまあの就職先が見つかるなんてことは、昔はどうだか知らないが、今はない。エクセルやワードの検定1級所持は当然で、パソコンでゲームばかりやっていたのか、と面接で詰問さ…

期末中間試験で、担当学級のみ高得点をとらせる方法。能力不足の教員は、無駄な競争がお好き。

能力不足か人の煩悩ゆえか、同僚との競争に明け暮れるのは、中高の教員である。教科に相応しい能力を持つ教員は、いったいどこにいるのだろう。 並み居る児童生徒学生の中には、教員を凌ぐ者がいる。というより、大部分だろう。とすると、教員は厚顔無恥にな…

中国や朝鮮に媚びる教科書、無駄の多い授業。他学級を嫉妬しても、損するだけ。

かつて、中学校の歴史教科書の内容について、シナやコリアが、非難してきたことがあった。 小学校の教科書については、どうなのか。今のところ、表立っては文句は出ていないようである。中国や南北朝鮮にとって、おおむね都合のよいことが書いてあるからだろ…

学校選択制は失敗か。「公立」の中高一貫校は、まだまだ増え続ける。

公立小中学校の学校選択ができるようになって久しい。この制度は、十分に定着したのだろうか。選択制は強制ではなく、地域によって異なるし、一度選択制を採用したものの、元に戻す例もある。学校格差が出るだの、教職員の負担増加だの、選択の理由があいま…