ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

不登校の原因は、子供の甘えか、教員の見て見ぬふりか。何事も、自分次第である。

不登校という現象は、かつてあったし、今もあるし、これからもあるだろう。不登校の子供がいた場合(大学生の場合は、これは怠学と判断される。すでに法的な大人である。自分で責任をとるがいい)、以前は、学校が恐縮して、さも申し訳なさそうな素振りをし…

教員が授業で悩むこと。過剰な準備と提出物点検の無駄。お疲れ様である。

過日、東北某県の市立中学教員と話をしていて、当方も内情を知らないわけでもないから、朝からジャージ着て笛吹いていればいいのだから気楽なものだろう、と言うと、まったくその通りですと答えた。中学教員になって以来、ずっと担任をしているとのことであ…

教員は、何事につけても、苦しみ悩む仕事である。気楽な授業、同僚との戦い。

教員は、何事につけても、苦しみ悩む仕事である。その一方、マイペースでお気楽で安楽な仕事でもある。その差はどこから来るのだろう。 幼稚園小学校中学校高等学校大学大学院等の勤務先による、職種による、担当教科による、教員の能力による。つまりは、種…

傲慢な子供に、教えさせていただく教員。ペコペコするのも程がある。本を忘れて思い出す。

どの社会でも、人間関係は難しい。子供相手の仕事である学校教員も、同僚や教育事務所、行政他等の人間模様の中にある。 学校は、行事等で、多人数が一度に同じことをする。実際には、「たいしたこと」はないのだが、それを「たいしたこと」と考える人間がい…

悩む教員と嗤う教育産業。授業は教科書とノートとがあれば足りる。

悩む人は悩むもので、ことさらに仕事を難しくする。これは、半ば習性または性格、あるいは悪癖であろう。国語科の授業は、教科書とチョーク1本で済むものを、やたらとピント外れの予習や準備をする。プリントを多種大量に刷りまくる。自作プリントというら…

問いを発することが、現代文授業の要である。読解の方法論。圧倒的な国語力の教員。

国語教科書を、古文や漢文のそれと区別するために、現代文と呼ぶことがある。現代日本語の文章だから、現代文なのであろうか。そのまんまである。 文章は、読み手が一読してたちまち理解させるように書くのが、書き手の義務である。授業で、ああでもない、こ…

学年トップの教員。授業で子供の何をどう伸ばすのか。読解の方法論。

授業で、子供の、何を、どのように、どう伸ばすのか。 困ったものである。教員が自分の仕事でこんなことに悩むとは、実に遺憾である。 授業は、子供の学力を上げればいい。つまりは、授業前よりも授業後のほうが、当該教科の理解、認識、意欲、知識が増えて…

教員が疲れない授業。教室で子供を踊らせること。アクティブ・ラーニングなどのキャッチコピー。

おぼろげな記憶によれば、 大学で教員たちが行っているつもりになっている「講義」「ゼミナール」と称するモノを、教員自らが、「授業」と呼ぶようになったのは、おそらく慶應義塾が最初ではなかったろうか。福澤諭吉は、真の意味で先生であった。その風姿が…

教科書通りの逃げ口上。大学は、教員を食わせるための遊園地。入園料は親の涙。

教科書には、ほとんど無難なことが書いてある。だからそのまま右から左に伝えても、まず間違いは起こらない。義務教育期の小中学校の教員は、教科書通りに教えることが常識となっている。 高校では、事情が少し複雑になる。高校では授業構造が短期間で変化す…

英会話は無駄である。英語を選択制にして、日本語を徹底せよ。マライヤキャリー。

東京でオリンピックの予定である。何かと騒がしい。おもてなし英語とやらで、英会話ごっこのパレードである。 日本人の英語力は低いというが、統計など持ち出さなくたって、我が身を振り返れば、すぐわかる。嫌々とはいえ、十年以上も学校で英語を学んできた…

北方領土を、戦争しないで、取り戻せるのか。教育と政治と古典の暗唱と。

戦争の結果とられた領土は、戦争しなければ取り戻すことができないのが道理である。もし戻るのなら、それ以上の対価を、相手国に払ってのことである。国家間の戦闘行為よりも、もっと大きなものを払うなんて、よほど法外である。すなはち、失った領土は戻ら…

小論文指導の、簡単な方法とは何か。その続きである。

小論文指導について、すでに書いたと思うが、その続きのようなものである。 対象年齢によって、変化はない。小学校5年生から大学院まで、テキトーに変化させて指導すればいいだろう。 簡明簡潔有効な小論文の指導方法は、次のごとし。子供が書いた文章400字…

剽窃、無断引用、盗用が得意な大学教員。良書は、公共図書館の書庫に眠っている。

大学教員はインテリということになっている。しかし日本の大学教員は、教員としての能力がない、または著しく不足している。それなら、研究者としては、通用するのか。理系はともかく、文系は言うも哀れ、語るも涙である。何ら新しい発想がなく、時間つぶし…

内容のない講演会。授業で子供に発表させるときの諸注意。

授業では、子供の発表が流行りである。小中学校で多い。国語や社会科等では、題目はいくらでもある。プリントを自作したり、模造紙に大きく図を描いて示したりする。発表のために、調べたり、資料を作ったりする時間が、一番楽しそうである。 子供に限らず、…

教育の国家統制とアメリカによる持続的占領。しかし、アメリカは良い国ではある。

居酒屋にて ある人曰く。 学校教育を、国家が一元的にコントロールするのではなく、地方に任せる方がいいという意見がある。教育の国家統制があるとはいえ、それほど強いものではない。どうせ、役所仕事である。 地方地方と自治を叫んでも、地方もけっこう頼…

学習プリント作りは、時間の無駄なのか。授業を妨害する中学生に、鉄拳をくらわす教員たち。

教職は大変な仕事だと、中学校教員は言う。今の中学生は、指導が通らない、授業中も私語をする、口答えをする、立ち歩きをする。 親が悪い、社会が悪い、子供が悪い。しかし、当然のことを言って、どうなるのだろう。所詮、そんな子供相手の仕事が、教職であ…

担任教員への手紙。油断大敵、保護者は力不足の教員を淘汰する。

以下は、某小学校の保護者が、担任教員へ出した手紙である。いつのものだか、分からないが、手書きである。教授技量が足りない教員は、淘汰されることになるかもしれない。 ーーーー 前略 いつもお世話になっています。さて、二三気づきがございますので、ご…

授業を妨害する子供には、同級生の親の叱責が効く。自信のない教員の指導と、日本人の気概。

校舎の外観だけを見ると、どの学校でも平穏無事に授業が行われていると、錯覚する。フランスの某小説に、幸福な人は一様に幸福だが、不幸な人々は、皆それぞれに不幸である、とかあったと記憶するが、その通り。ほとんどのすべての学校は、それぞれに不幸な…

若い世代の過激志向。オリンピックで無差別殺人。移民、留学生に大甘のおもてなし。

欧米に起こることはやがて日本でも起こる。日本にも、若い世代に過激志向が広まっている。というのは、真っ赤な嘘で、日本の若者は、過激にならない。良いことなのか。然り、極めて望ましく良いことである。 現状への不平不満の鬱積とその爆発とが、過激思想…

教員も会社も、贔屓と憎しみの情実がものをいう。ファカルティ・ディベロップメントが笑わせる。

あいつは憎めない奴だ、という。先輩上司から、何かしら目をかけらるタイプである。「引き」が生まれ、贔屓が生まれる。贔屓は人の常である。贔屓されるような何ものかを自身で持っていなければ、他人にそれを見つけなければならない。自他ともに贔屓の種を…

公立の教員と私立の教員や大学の教員、だれが腐りやすいか。進学指導の怪と有名私立大学。

一般に、私立学校の教員は、教育の技が「腐る」ことが多い。理由は簡単で、競争がないからである。私立学校の児童生徒学生は、競争の結果、ようやく入学できたから、まだ勉学への意欲が少しは残っている。月謝分の知識は得ようとするし、高校生ならば、然る…

教員の実力がはっきりする三つのこと。ノート、声、板書と向き。授業参観の見どころ。

公立の小学校や中学校は、年に数回、授業風景を公開する。 昔で言う、父親参観日や日曜参観日と同じことである。某中学校を例にする。客(参観の保護者や地域の人)は、それほど多くない。受付をすませたものの、どこのクラスで何の授業をしているのか、その…

NHK等マスコミ関係者の自己欺瞞、軽率、無教養、無定見、傲慢無礼の原因は、学校教育にあるのか?

常々疑問に思うことがある。日本のマスコミ関係者の、度を越した無教養、意気地なし、無節操、無定見、傲慢無礼、恥知らずは、いったい、どこから出てきたのだろう。私たちは、ネットなどの媒体を通して、他国のマスコミ情報を見ることができる。公開情報に…

テレビやラジオは日本語の敵である。他人の意見を遮る「討論番組」の芸人。 大学院の怪談。

あのNHK等のテレビ放送。 そこから流れ出す日本語の卑しさ、不快、劣悪にして唾棄すべき音声、言い回しのごみ溜め。明快に落ち着いて話すと、内容空疎で出鱈目なことが、ばれてしまうからだろう。口角泡を立てて慌ててしゃべり続ける。煩い。やかましい。下…

するべき仕事が、青年を救うのか。いらいらと学び、働いても、安心立命は夢である。

清水幾太郎だったか、次のように言っていたと記憶する。 顔色悪く陰気で、人生の意味だの生だの死だのと、何かしら青臭い問題らしいものを抱えて悶々としている風の学生たちが、就職が決まるや否や、一応に明るく晴れ晴れとして憑き物が取れたように元気にな…

中高生に告ぐ。スマホで目を悪くするよりも、フロイト全集を読め。兄弟より、姉妹は難しい。

知人が言う。 中学生の頃、たまたまフロイトを読んで、たちまちにとりこになり、夢中になった。中学生といえば、身体も精神も、疾風怒濤の時期である。勝手に苦しんだり、戸惑いもしたが、そんな時、フロイト全集で、どれほど救われたことだろう。性は、だれ…

子育てに不安な親と、それに群がる商売人。他人や他国に甘えるのは、日本の国民性なのか。

子育てに、不安を持った経験のない親は、いないだろう。どんなに「良い子」でも、妙に変になる時期がある。 学校では、わが子はどうしているのだろう。 子供の成長は、教員によって大きく変わる。成長させてくれる教員は「大当たり」である。それほどでもな…

教員になりたい子供へ。小中学校教員は地獄。高校教員は凡人。大学教員は極楽。 グループ療法に集まる先生たち。

教員になりたいという子供が多い。小学生ぐらいが可愛いからと、安直に小学校教員を志望する子供がいる。中学生は話が分かる年頃だからと、中学教員がいい、と言う子供もいる。危険な選択である。 小中学校は義務教育で、学校が多い。教員の採用数も多いだろ…

滑り止め大学に、金を積む親心。大学商売人の高笑い。ついでに就活ごっこ。

教育に金が絡むと、ろくなことがない。けれども、わが子の教育に金の糸目をつけないのも、親心である。そこに付けこむ商売人の根性が憎いのである。しかし、人心を利用するのが商売の常道である。これも人の道である。憎んで何になるだろう。 さて、某大学は…

大学で何を学ぶ。就職浪人と面接と無駄金と

ひと頃に比べると学生はよく勉強するようになった、そうだ。不景気で、就職難だからだろうか。 就職のための準備は、学部2年の中期頃から始めなければならない。さもなくば、就職浪人の可能性が高くなる。 大学を出ても、特に有利とも思えないが、個人に特…