ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

有名進学校の罠 できる子供を潰す公立学校。

皆さん大好きらしい東京大学が、灯台ほどの価値があるかどうかはともかく、東大または、京大でも筑波でもいいが、その類の大学に入るために、まずは進学に有利らしい中高一貫校に入りたいのだそうな。お疲れ様である。

 

頭が良すぎるタイプで、どこか変人で、交友が苦手な子供は、国大付属中か、偏差値高めの私立中高一貫校へ進学するのが無難である。
公立中学校に行ったばかりに、潰された子供を何人も知っている。

学業ができすぎる子供は、普通レベルの中学校では、学級や学年の仲間にいじめられたり、あらかさまに阻害される。

その結果、不登校になるか、自ら「できない子」を演じるか、本当にそうなるかくらいしか、選択肢がない。

 

いわゆる有名進学校の生徒たちは、他人にかまわないし、もとより変わった連中が多いので、学業成績が優秀なことくらいでは、嫉妬の対象にならない。いじめは、通常ない。というより、全然ない。小学校で、仲間外れは経験済みだし、孤独に慣れていて、平気の平左である。自ら頼むところ大きい子供たちだから、個人の考え方や行動の自由を、互いに認め合っている。

だから、ずば抜けて勉強のできる子は、有名進学校に行け。安心安全な学校生活を過ごすには、おそらく、それしかないだろう。地区の公立中学校に行くと、間違いなく潰される(ことが多い、と言っておく。何事にも例外はある)。日本がそんな社会だ、ということを、君自身も、父母も祖父母も、よく知っているはずだ。

 

とはいえ、もはや手遅れかもしれない。入試ゲームは、すでに始まっていて、あるいは、すでに終わったかもしれないが、ネット出願もあるから、まだぎりぎり間に合うかもしれない。

 

地区の公立中学に行く予定の、そこの「できすぎる君」、4月から、どうすればいいかは、作戦として、ないでもないが、生徒個人にできることは、ごくごく限られている。

 

クラスには、他へ影響を大きく与えるキーパーソンがいる。「できる子」ならいいが、おおむね、「できない坊主」がクラスの実権を握る。全体を俯瞰する余裕のある子は、稀に存在する。その逆に「×▽な子」は、多く存在する。

子供の人間関係は、家庭、地域、校風、当該年度の教員団、爆弾生徒の存在の有無等々、多くの要素が複雑に絡んでいるので、非常に微妙で、一概には言えない。

公立中学のクラスの雰囲気は、基本として、他人の排斥である。目立つ子を容認しない。子供自身が精神的に不安定な時期だから、同調圧力などと流行りの言葉で片づけるにはあまりに悲惨である。強くあれ、なんて言っても無駄である。強いわけがない。シャンパングラスより割れやすい。

どうも、救いようがない話で恐縮だが、中学高校であっても、クラスの雰囲気は、教員の実力で何とか変えることができる。しかしながら、何とかできるような教員に出会える幸運は、盲亀浮木だとは、何度も書いた。

よって、公立中学の状況は極めて暗い。教員にとってではない。入学する諸君にとって、暗いのだ。 

泳ぎにくい場所で泳ぐしかないので、気の毒ではあるが、せめて善き友達を見つけることしかないだろう。善き友達が見つかればいいのだが、無理なら、君自身がそうなるしかないことになるが、そんな芸当ができるくらいなら、最初から悩んではいないだろう。

 

いずれにしても、大変なことである。某親が言ったように、それもまた人生だろうか。恐々謹言