ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

私立名門中学の受験近づく。私立中学高校の教員の授業は、素人の集まりなのか。

中学入試

私立名門中学の受験が近づいた。でも、私立中学高校の教員の授業は、素人の集まりのような。

と言えば、じゃ玄人はどこにいるのかと問われそうだが、もちろん公立の中学校や公立高校に、いるに決まっている。数は少ないけれど。
公立校の教員は、授業技術を持っている教員が少しは存在する。理由は、これまで散々書いた。探して読んでくれ。


さて、皆さんお好きな、「有名私立中学校高等学校」では、どのような授業が、行われているだろうか。
あなたが、私立名門校の出身者なら、すでに、ご存じだろう。
左様、酷いモノであった。
私立の中学高校の教員は、ド素人の集まりで、およそ授業のなんであるかを知らない者どもである。もちろん、例外はある(と言っておこう)。

偏差値の高い中学高校は、当然ながら、入学してくる子供らの勉強意欲が高い。教員の教育技術がお粗末至極でも、生徒自らが、勝手に学ぶ。これが重要なところで、私立名門校に通う意味は、結局のところ、学級全員が粒ぞろいの仲間たちである、という一点に尽きる。そのお仲間に、君もなれるわけなんだよ。


某知人は、一流の名門中高校の出身である。皆さんお好きな東大京大以下有名どころの大学は、ぼろぼろ受かる。
私立中学高校での、「ありがたい授業」のおかげだろうか。
いいえ、いいえ。全然違います。
もとから、努力家で成績抜群でした。はい。

中高の授業は、むしろ出鱈目でした。教員たちは、互いの競争もなく、のんびりゆったり、好き勝手に、やってました。授業で学問的刺激を受けたことなんて、ありません。知的向上の授業なんて、なかったです。
すべて、自分自身で勉強したのです。または、進学塾や予備校に通ったのです。


「私立名門中高校」は、子供と親とが、入りたくて、ようやくに、または、予定通り、入学してきた連中を、相手にしている。教員にとって、これほど楽な仕事はない。
勉強をするな、と言っても、する連中で、理解力、知識欲、持続力、家庭環境、そのすべてが、抜群の子供たちである。
これで教員が手を抜かないはずがない。もともと、私立校の教員は、採用が縁故及びその類である(らしいと言っておく。私学適性検査とやらが、名目上ある)。当該校の卒業生を多く採用する。

こんな教員陣で、どのような授業が可能か、ちょっと考えたら、わかりそうなものである。

しかしながら、それでもやっぱり、世間は私立学校が大好きで、名門とされる私立中学高校に、我が子を入れたくてたまらない。哀れ不憫なりと涙するところだが、なーに、ちゃんとご褒美があるのである。

仲間意識である。特権意識である。同属同調の喜びである。
それだけでも、価値がある。

と、こう考えるからこそ、私立「名門」中学高校は、永遠に安泰なのである(らしい、多分)。

それにしても、今日この時も、年が明けてから始まる受験に合わせて、受験生は頑張っていることだろうな~。
それも人生あれも人生。喜びは色々。
目標を持つことって、素晴らしいよね。

少なくとも、今、君がしている勉強は、絶対に無駄には、ならないからな。ゲーム感覚で頑張りなされ。