某人曰く。
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新型コロナウイルス騒動で、連日連夜、テレビが、大袈裟に絶叫する。
テレビ局は、笑いが止まらない。空前の視聴率で、「新型コロナ」「新型肺炎」「感染者数」「パンデミック」だのと、大騒ぎする。コロナの話題で、視聴者を引っ張り、騒動を長引かせようと必死である。
バカバカしい。
テレビ芸人たちが、大声で騒いだところで、どうなるものでもない。いわば風評被害の出所がテレビ出演者である。
商売に結び付けて一獲千金を企む輩の集合体で、見てはいられない。
さて、肝心の発生元の中国は、さすが世界の大国の一つだから、やることに容赦ない。いつものように金をばらまいて、WHOも傘下に引き入れたのではなかろうか。
一方の日本はどうだろう。やることなすこと小さな利権がらみで、厚生省と国立感染症研究所とが怪しい。挙句の果てには見苦しい弁明までする始末である。
みんな自己の利益を第一優先する。研究データも欲しいだろう。その気持ちは、わからぬでもないが、下手に研究成果を狙うよりも、自分の仕事をちゃんとやってろ。
コロナウイルス騒動がまだまだ続いているが、どうも不思議である。
あれは風邪に似たもので、かかる人はかかるし、免疫で退治する人がほとんどだろう。
要は、体力をつけて、ウイルスを寄せ付けなければいい。
感染したって、どうせ風邪である。つまりは、かぜ症候群である。安静にし、水分や栄養補給すれば、自然に治る。
それでも、文句があるのなら、少しでもそれらしい症状(だるさ、はきけ、鼻水鼻づまり、咳、のどの違和感、微熱等々)が出たなら、片っ端から検査すればいいだろう。おそらく感染しているだろう。気が済んだか。
検査するかしないかの判断を曖昧にして、重篤患者だけを相手にするのはいかがなものか。重篤ならば、死ぬこともあるだろう。驚くに値しない。
人は酒でもタバコでも、スポーツでも死ぬことがある。
それほど心配ならば、自己防衛、自己責任である。布団をかぶって部屋から出るな。
また、さて。
日本は、システムとして、国民を大切にしない国である。
アジア人の哀しさであろうか。または、国民人口の多さの嘆きであろうか。
すべてのものは、数が多いと、一つ当たりの単価は低くなる。
これは、残念ながら、おそらく、人命も同じだろう。
違うと思うなら、そう思うがいい。
数が多ければ、すべてに大切感が薄まる。逆に希少なら、一つ一つの価値は上がる。
嫌なことだが、これが真実で、映画「プライベートライアン」は、4人兄弟の上3人ががすべて戦死したので、せめて末っ子の残りの一人を助けようとする映画である。4人全員、殺してしまってはアメリカの名が廃る。
末っ子を助けるために、小隊が全滅しているのに、それを忘れたふりは、やはりエンタメである。
とか、云々。
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大筋、同感である。
今日は、3月の10日。
いつまで「新型コロナウイルス感染症」の騒動で、テレビ新聞その他は、稼ぐ気なのか。
引っ張りすぎである。うんざりする。
新型コロナウイルス感染症。あれは、どんなに騒いでも、新種だろうが、なんだろうが、「風邪」である。
だるけりゃ、休むがいいだろう。