ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

コロナ感染者数で、山手線を一周するテレビ局。選挙は、コロナで勝つしかない。

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どうにもこうにも、コロナごっこが止まらない、止まらせない。
あそこで、何人、ここで何人と、感染を確認して、その数字をあげつらう。
バカバカしくって、観てはいられない。

 

あのな、感染はとっくに広がっている。もしも、まだ十分に広がっていないのなら、感染力が弱すぎる。心配するには及ばない。


多くは、すでに感染してとっくに自然治癒している。どうやら日本人の大部分は、そもそも、感染しない、または極めて感染しにくい体質なのではないか。

 

いったいぜんたい、コロナウイルスがそんなに心配なら、国民からふんだくっている税金のほんの一部を使って、全国一律に、とことん、感染検査をすればいいだろう。
それをなんだろう。特定地域の特定分野に限って検査して、結果がどうのこうのと、新聞テレビで大騒ぎする。

本音は、自分が再選されたい、または、現職にいつまでもとどまりたいという、利己的欲望のみである。宣伝である。選挙運動である。

マスコミもまた、コロナごっこが大好きで、現職政治屋大政翼賛会であること、先の戦時中も顔負けである。

そもそも、死にかかっていた新聞が息を吹き返した。ネットに押されていたテレビ局は、空前の視聴率を得て、沸きに沸いた。


テレビなんて、潰れればいいと考える人が増えて、青色吐息だったテレビ界は、コロナ景気で笑いが止まらない。

テレビにとって、「新型コロナウイルス感染」というお題目は、決して手離してはならない金蔓である。
永遠に、ありもしないコロナウイルスの恐怖を煽って、テレビを情報伝達の中心に置こうと、必死である。

 

感染確認者数とやらが、新宿の次は池袋が増えた、という。へーえ。そうかい。
次には上野か新橋か、それとも品川か? どうせ山の手線を一周する気だろう。ひと月はゆうに話題が作れる、とニンマリである。


各学校は、ぶったるんだ大学を除いて、ほとんどが通常の授業に戻った。当然のことである。
子供は、気の毒に、不必要なマスクをして、息苦しそうに授業を受けている。

やれやれ、コロナの壮大な実験は、ちと薬が効きすぎたようである。

 

しかし、この実験は、私たち人間は、簡単に騙されるものである。テレビ新聞マスコミを無批判に受け入れて、流れに乗っかかって、同調を楽しむものだということが、再確認されたのである。

どこまでも続く、無限に愚かな人の群れ。と、古人は言った。