ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

大学は、学費無料でも高すぎる。むしろ大学が学生に、月々の金をやれ。数学教員、国語教員その他もろもろ。

f:id:paruru236:20170216205733j:plain

「教員」生活を満喫したいのなら、大学教員で、これ以外の選択肢はないと言っていいほどの楽園だが、しかし、教員志望者の多くは、小中高校の教員になる。

教員の質は、国公立学校勤務の教員がよろしく、私立学校のそれは劣ること、何度も話した。私は違うというのなら、それでいい。おめでとう。


教員職は、教科によって、およそ職種が異なるくらいに学力、仕事量、遂行難易度の差がある。しかしながら同一賃金というところが不公平であるが、これが人の世の常である。
教科教員になるなら、ダントツで数学教員がよろしかろう。理由は面倒だから、勝手に考えてくれ。最悪は国語教員で、相応の能力のある人以外は止めておいた方がよい、泣きを見ることになる。教員ではなく、子供たちが損失を被る。

木下是雄は学習院大勤務の頃、文章推敲ができる教員を、他大学から貸せと言ってきたが、そうはいかない、たいへんなコストをかけて育てたのだから云々、と書いていたが、本音だろう。
腐った論文を手直しするには、並の能力では足りない。

話が飛ぶが、ともかく教員たるもの、中学高校生時代に、どんなレベルの学校に通っていたにせよ、学級または学年で最低一度は、成績トップの経験を経ている方がいい。というよりも、絶対的に試験トップの体験が必要であって、そうでもない者が教員をするなんて、図々しいにも、ほどがある。
この経験があれば、ある種の余裕が生まれるので、どんな子供の指導も、穏やかにできるはずだ。

 

一国の首相職、その他政治稼業につく輩は、馬鹿だけはお断りである。無能な者が国の舵取りなどできるわけがない。嘘で固めた毎日を送って、国民に多大の迷惑をかけることになる。現に、これまでも、今も、然りであった。これからも、そうだろう。
閑話休題(あだしごとはさておきつ)、やたらに悲憤嘆くは、けだし賢人のなすところにあらず、とやらなので、賢人でなくとも、日本の政治云々の話題は、飯が不味くなるのみ。ご法度である。

 

大学は休校状態である。ゼミだけやっているところもあるが、あれはセミの鳴き声に似たもので、ゼミナールにあらず。

そのくせ、学生からはどんどん学費を絞り取って、普段でも遊んでいる大学教員に、濡れ手に粟の大判振る舞いを続けている。
大学は今年度は、学費を無料にするのは当然こと、それどころか、たんまりある財源を取り崩して、すべての学生に毎月10万与えてもよいくらいだ。たまには、恩返しすることだ。

ちなみに、大学教員は全然生活に困っていない。今年一年は無給でよろしい。働かなければ、給与がもらえない、という単純な原理が、わかっていない連中なので、少しは体験させるといいだろう。目をキョトンとして、働くってどんなことなの、とアルバイト学生に問うことだろう。