ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (hatena部)

校内マラソン大会で高校生死亡。体調無視で長距離を走らせるなんて、過失致死または故意殺ではないのか。

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ほとんどの高校では、この寒空に、「校内マラソン大会」を実施して、無理やり子供を走らせる。
校内でする場合もあるが、多くは近隣の大規模公園や公共の競技施設等で行う。
2月はそのピークで、日時と場所によっては、数校が重なることもある。

日本の高校教員は、子供に長距離を走らせるのが、お好きである。身の程知らずの教員根性で、子供に精神鍛錬をするつもりだろうか。

普段、満足に運動もしていない子供らに、とってつけたように、長時間、走らせるなんて、拷問であろう。あるいは過失致傷、場合によって過失致死、もっと露骨に言えば「故意ある殺人」にならないか。

どういう加減なのか、テレビや新聞のニュースでは、話題にすることが少ないが、毎年、高校のマラソン行事では、高校生が死んでいるはずである。

身近に見聞するところでも、すでに二人死んでいる。両方とも、裁判に至らなかった。色々と手を打ったのだろう。

詳細は避けるが、あれは教員の過失である、と知人は言う。
子供の顔色の悪さ、当日の体調管理が不十分なことを、教員は気付くべきである。

学校行事は、進学校になればなるほど、子供にとって、休むことがためらわれる。まじめな子ほど、熱心に参加する。連夜の勉強で自分の体力が落ちていることがわからない。少々の咳や熱でも、無理して出る。途中で棄権もしない。

マラソン当日は、教員が、コースのいくつかのポイントに立つ。子供を見守る、という名目だが、子供の体調なんか気にしていない。「もっと、がんばれ」「遅れてるぞー」とかなんとか、ほとんどが叱咤激励である。急に足がつって転倒でもしないかぎり、子供から棄権を申し出ることのできない雰囲気である。

ほとんどの子供は、無理をする。生命の限界まで無理をする。
そこは若くて元気な盛りである。どうやらこうやら(怪我もせず、または死なずに)、ゴールにたどり着くのである。
若い子供の持つ体力と、その運の良さに甘えてしまって、教員団は、子供へ無理強いをさせていることが、わからない、わかりたくない。
だから、子供が死ぬ。

本当に、死ぬのである。
多くは、心臓麻痺で、その場で死ぬ。あるいは救急車で運ばれて搬送先で死ぬ。

この事実を、世の親は、よく覚悟しておくことだ。
学校行事は時として、殺人マシンに変わることもある。誰も助けてはくれない。子供本人の自覚と勇気とで、回避するしかない。
親も、真剣に、学校行事の中身を監視しておくことだ。わが子の体調その他の変化にも、注意が肝要である。

しかし、しかしである。これも運命と考えることのできる親もいるだろう。何が起こるかわからないのが人生である。
高校生の国語教科書で、すでに子供は知っているはずだろう。
「理由もわからず押し付けられたものを大人しく受け取って、理由もわからず生きて行くのが、我々生きもののさだめだ」(山月記)。
もっとも、押し付けられた結果が、若死にではたまらない。