ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

教員を匿名メールで潰すには。教員の謝罪は、親の喜び。

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教員に対して、子供の親が、
「あれはどうなんでしょう」
「何々については、どうかと思いますが」
「うちの子の言うことなんですが、先生は何々だそうで」などと、要求とも催促とも不満とも受け取れるようなことを言う場合がある。教員にとっては些細な問題でも、親にとっては大問題である。
鋭敏な教員なら、親の本音を見抜いて対処する。

どう対処するのか。
言い分を認めて、謝ることである。形だけでも謝っておけばいいものを、つい反論する。
これがよくない

親と議論してもはじまらない。親は、教員が「謝る」ことを期待している。
我が子の担任が、自分に対して、頭を下げたという事実が、大切なのである。そこにカタルシスが生まれ、優越感が生まれ、喜びが生まれる。意識下の「甘え」が充足されことで、精神の高揚が生まれる。

「謝罪」は、お調子者の政治屋や、マスコミ人、バラエティニュースショウの司会者等だけの特権ではないのである。

こんな身近にも、謝罪要求はある。
そうしてみると、私達の風土は、つくづく、人が人に対して謝ることを欲している。自分が謝ることも、他人が謝るのを見ることも、大好きなのである。


ところで、教員から謝罪を引き出すのは、簡単である。

電子メールで、あることないこと非難すればいい。宛先はもちろん、所轄の教育委員会である。いまどき、どんな地方でも、教育委員会はホームページを持っている。
都道府県にも、ことごとくホームページがある。知事や市長の顔を自慢そうに載せて、「ご意見はこちら」なんてやってる。

そこに匿名のメールを送りつける。
どこそこの学校の某教員は、何々でけしからん、だの、うちの子供の心が傷ついた、だの、授業が活発でない、だの、教員がこんなことを言った、こんなことをやっている、等々、非難する種は、いくらでもある。
およそどんな事柄も、立場や気分や見方によって、何とでも言えるものだ。

気の毒なのは現場教員である。よかれと思って熱心にやっても、逆恨みされる。
教員は、親のご機嫌を取るのはもちろんのこと、児童生徒のご機嫌を損なわないように戦々恐々の毎日である。


各地の教育委員会都道府県が、保護者の意見を聞くために、掲示板を開いている。
そこにある意見は、ほとんどの場合、対象である学校や教員への中傷である。以前は教員組合潰しのために、個別の教員批判を行政自治体は歓迎した。組合が潰れたも同様の現在では、案の定、自治体の掲示板は過疎ってしまった。

掲示板華やかなりしころ、その実態は、書き手自身の問題の投影に過ぎないことが多かった。
自分自身が不平不満不安を抱えていて、それを学校、特に教員にぶつけることで、いくばくかの平安を得るのである。

その証拠は、伸び伸びと勉強している子供の親は、現状に満足し、教員や学校に対して、感謝とまではいかなくても、少なくとも肯定した感情を持った。
子供の状態が、親の期待や理想と著しく離れていたら、そんなはずはない、それは自分以外のどこかに、原因があるはずだ、と親は考える。
昔の親は、謙虚に我が身を反省した。
今はしない。
しないどころか架空の犯人を見つけることに躍起となる。そうして、とりあえず、教員を犯人にする。

通報は実に効果的である。教員や学校や教育事務所を震え上がらせることができる。
教育は、困難な時代になった。そしてますます効果が上がらなくなった。
自業自得である。

小中学生の間は、家庭が大切なことはもちろんだが、中でも母親の役目が非常に大きい。
子供が精神的に不安定な場合、そのほとんどの原因は母親にある。ごくまれに、祖母にある。

父親が仕事や家庭生活で精神的に乱れていたとしようか。それでも、母親が安定していれば、子供は大きく崩れない。その逆に父親が安定していても、母親が不安定ならば、崩れることが多い。

子供にとって母親の役目は絶対的で、最後のよりどころである。母親の精神的な動揺は、子供にすぐに反映される。

いわゆる不登校も、その原因のほとんどは怠業(なまける)なのだが、不思議なことに、母親は、怠業と言う事実を認めたがらない。
おそらく不登校の真の原因の多くが、自分にあることを直感的に気づいているからだろう。なにかと理由付けをして、子供と向き合おうとせずに、外部に原因を捜したがる。

さて、ご存知のように、マスコミは金を払ってくれる者の味方である。
新聞は購買者に、テレビは視聴者に、媚びを売るのが商売だから、親や子供におもねって、適当な都合のいい情報を流す。
ますます親子は増長する。不幸なことである。

多くの中学校では、指導要領改変が、これまでの指導要領に比べて質量ともに大幅に低下(あるいは量のみ増加)しているのにもかかわらず、ますます授業が成立しにくくなっている。
行政は、常に現場の邪魔をする。指導要領改変が吉と出たことは、一度もない。これからもないだろう。

中学校での授業不成立の大きな原因は、一部の子供の態度が非常に悪いことだ。まじめに学習しようとする多くの生徒の邪魔をする。
その一方、教員は、態度の悪い、問題ばかり起こす生徒にばかり、かかりっきりになる。落ち着いたまともな授業をすることができない。
そうでなくても、授業から厳しさがなくなっている昨今、我儘な子供は、やりたい放題である。

教員は、子供を恐れ、その背後の親を、恐れなければならない。
教育委員会、教育事務所の職員も、納税者兼選挙民である親には、全然頭が上がらない。
頭が上がらないというポーズをとらないと、「公僕」であるという建前上、自分の仕事や将来らしきものに支障が出る。その代わり、陰で、ちゃっかり意地悪をする。

子供も親も、怖いものや遠慮しなければならないものは、何もない。
だからこそ、母親の覚悟が大切だ。
子供と一緒に、幼いレベルで、学校を非難し、甘えた不平家の立場をとるのか、それとも、子供に、守るべき節度を躾けることができるのかが、その後の子供の成長を大きく左右する。
以上は、当然のことではあるが。