ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

テレビやラジオは日本語の敵である。他人の意見を遮る「討論番組」の芸人。 大学院の怪談。

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あのNHK等のテレビ放送。

そこから流れ出す日本語の卑しさ、不快、劣悪にして唾棄すべき音声、言い回しのごみ溜め。
明快に落ち着いて話すと、内容空疎で出鱈目なことが、ばれてしまうからだろう。口角泡を立てて慌ててしゃべり続ける。煩い。やかましい。下品である。

荷風は、近所から漏れ聞くラジオ放送の煩さに、夕餉とともに、家を出て街を徘徊した。


拙宅は、近隣の家から離れているし、テレビを持たないので、不快な音声を聞かずに済む。
しかし、そうはいっても、音声言語も情報手段の一つである。ネットでニュースも見るし、動画も静止画も見る。雑多な意見も知らねばならない。

日本語の使用が、かくも薄汚くなったのは、学校教育に原因があるばかりではない。赤子には、家庭が言語の学校である。親のことばが、祖父母のことばが、すでにしてテレビ漬けである。
しかし、その親たちもまた、学校教育の汚水をかぶってきたのだから、日本語の有様は、学校の責任も看過できない。
言語教育の基本は、日本の古典に親しませることだ。古典の音読は、ことばそれ自身の意味を知らしめることになる。ものの言い方を知ることができる。

ツイッター、ライン、フェイスブック等々のネットサービスに、十代から夢中になるのは、仕方がない。流れである。止めさせることはできないだろう。
あれは言語教育の代わりにはならない。しかし、国語を変えていくだろうし、現に、変えてきている。

読み書きの力は、明らかに低下した。
聞く話すの方は、これからである。スマホを使ったSNSは、まだ文字中心の視覚媒体である。それが、複数の同時音声交換が活発になったら、どうなるだろう。話し言葉はますます混乱するだろう。

悪化は良貨を駆逐する。できてしまったものは、ない昔に戻れない。いったん崩れたものは、元に直らない。崩れっぱなしになる、どころか、落ちるところまで落ちる、無間地獄へ、なだれ込むだろう。
それもまたアリである。なんでもあるのが、人の歴史だろう。

ことばは、使う本人が、よほど気を付けなければ、すぐに腐る。美しい日本語を話そうと努力しなければ、現状維持どころか、低下する。腐敗に気付くことさえ、できなくなる、鼻が利かなくなるのである。汚臭をも忘れる。

「臭きこと厠に忘れ」。

大学院は、学力試験と論文と面接とで入学させるのが普通である。
面接は、あらかじめ、担当教官と、コネをつけている者が多い。

外国語の巧拙、些末知識やコネのあるなしよりも、論文が優れていれば、どこからも文句は出ない。当人の研究力は、論文に如実に出る。


それがどうやら、近頃、風向きが変わってきた。
面接を重視する。
どういうことだろう。五月蠅いくらいに、しゃべり続ける子供が、受かるのである。早口である。軽口である。一つ問えば、十応える。内容空疎なこともなんのその。条件反射的、臨機即応的、瞬発的、即答即決、読書不足も構わないのである。
知人に言わせると、例えが古いが、テレビバラエティである。お笑いタレントである。日曜討論である。おしゃべりセブンである。笑っていいともである。朝イチである。
ともかく、話す内容そのものよりも、意味不明のことばの連発で、相手を圧倒するのである。または、ごまかして、笑いを誘うのである。雰囲気である。仲良しである。愛想である。おもてなしである。
しゃべり続けることが、学力なのである。試験委員もまた、そうやって、院に入った者がほとんどだから、お互い様である。グルである。もっとやれやれ、である。

日本語はゆっくり話すものである。
唐突だが、小津安二郎の映画を見よ。

ついでに言えば、他人の意見を途中で遮るのが、今の風潮である。例えば、これも古いが、「朝まで生テレビ」とかのバラエティ番組で、盛んに顔出ししていた田原某と称する司会者崩れの芸人がいた。
相手の言うことを、全部聞かない。都合が悪くなると、常に、途中で遮る。
相手は、仮にも生番組で話している。急に止められると、調子が崩れる。何をしゃべっていたかを視聴者のみならず、肝心の当人が忘れてしまう。それをいいことに、発言の邪魔をするのが、田原某のお得意芸だった。
かくも出鱈目にして、下劣最悪な司会進行の放送が増えていることが、日本語の乱れを、後押しした。あんなものが、「討論」だと思うのは大間違いで、低俗テレビ番組に過ぎない。どころか、害悪以外のなにものでもない。
疑問な向きは、動画共有サイトyoutubeにいくらでも証拠が残っている。テレビ放送は、消え去るが、ネットで、検証できる。一目瞭然である。
日本語は論理的であるとかないとかの話ではない。十分に話させない。雰囲気で、その場の流れで、情緒的にごまかそうとする。
テレビを憎む所以の一つでもある。

テレビ放送は、日本語の敵である。

 

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