ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

大学は私立と国立、どちらを選ぶか。大学教員は甘ちゃん勤務。フェロモン満載の美人学生は女子アナ志望。

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当ブログを読んでおられる人は、もうお気づきのことと推察するけれども、去年の文章を消してリライトの上、出すこともある。当然、以前のは削除する。
ひと月に10以上もエントリーするなんてやりすぎだった。少ないほうがいいのである。

さて、本日は、以下の話題である。

 

進学を考える親子が、一度は悩む問題がある。
大学は国公立がいいのか、それとも私立大学なのか。一体、どちらがお得なのだろう。
答えはない。

国公立は月謝が安く私立は高い、というが大した差ではない。所詮、たった4年間である。小学1年から高校3年までかかった費用や、卒業後の収入などを勘案すれば、大学4年間の学費の差など、無視できる。私大の理系、中でも医学部の費用は別物だが、これも卒業後に十分すぎるほど回収できる。

だから、国公立だ私学だ何のと、騒ぐ意味はないようである。

私立と国立で、設備や面積、教員一人あたりの担当学生数の差はあるが、どうせ、満足に勉強しない大学教員でもあり、学生でもある。無視でいい。

皆さん大好きらしい東大も、東工大も、予算で恵まれているが、では地方の大学がそれほど貧相なのかといえば、そうでもない。みんな、それなりの設備環境を整えている。あの金はどこから出ているのだろうと怪訝だが、ともかく、生き残りに懸命であるようには見える。
その熱意や危機感が、東大以下旧帝大グループや都内のマンモス私大や目白の古い大学に、あるのかないのか。
ないのである。

都内某私大の場合、学生数に対して、少ない図書室机席数、教室の狭さ、学食のお粗末さ、学生への各種便宜など、全然サービスが悪い。全在校生が授業を受けに、まともに登校してきたら、教室その他の設備は、たちまちパンクする。どうせ学生が、出席しないだろうことを前提にしているから、そして事実そうであるから、無事に通用しているのである。

学生の不勉強は言うまでもないが、大学教員もまた、私立国立を問わず、甘ちゃん勤務だから、お互い様である。

となると、心ある学生はどうするのだろう。

地方の高校生は、地元の大学に行くか、都会に出るかで悩んでる子が多い。都会への憧れ、などというのは、墨東綺譚の昔で、今はない。しかし、生徒の多くには、どんな遊びかは知らぬが、「東京で遊びたい」という本音がある。

マスコミ志望の子は、都会の有名大へ行きたがる。地元の国大に現役で入るより、浪人してでも東京へ出たがる。大学や学部はどこだっていい。いちばん簡単に入れそうなところを選んで、首尾よく滑り込む。バイトに精出して、夜も昼も怪しげな関係を探し回って、ようやく、テレビ局なり周辺の関係会社に入れて、大喜びである。

地方大学では、マスコミ関係の就職は難しい。しかし、フェロモン満載の美人学生は別である。一部では、報道部の女子アナウンサーは、女子穴とも言われているらしい。馬鹿にされるのもほどがあるが、理由もあることなのだろう。
美人は、何かと贔屓してもらえるけれども、所詮、一時期の花である。すぐに、田端義男の「十九の春」の歌詞と同じになる。

そういえば、就職がうまくいかなかった時は、世間体もあるからと、留年する学生が、昔は多かった。当今では、留年もまずいので、誰もかれもが大学院に行く。理系ならわかるが、驚くなかれ文系の学生までもが、院に進学する。
どうせ、不勉強な輩ばかりである。ろくなことにはならないだろう。

企業もそれを知って、院卒よりも大卒を採る傾向にある。女子はなおさらで、少しでも若いほうがいいのである。

さて、話を戻すと、大学は国立が、私立をやはり少しリードしている。
それは結局のところ、日本人の気質による。
おもてなしである。勤勉である、真面目である。
受験生の実態を見るとわかる。宿題をごまかさないのである。全教科に誠実に取り組むのである。どの教科にも手抜きしないのである。ノートを緻密に作る子が多いのである。

良いとか悪いとかではない。日本人の生来の気質の特徴が、国立大学の子供たちと、私立大学の子供たちとでは、大体ではあるが、なんとなく分かれていることを感じるのである。あとは察してくれ。