ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

教員の自殺は無駄であり、大損である。復讐には、ならない。

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教員の自殺率は高いか低いかは、よくわからない。おそらく、他業種に比べて、自殺者が多いほうではないのか。

 

内閣府の「平成27年中における自殺の状況」(平成28年3月18日)を見ても、職業別に詳しく分けていないので、教員がどのくらい自殺したのか、わからない。

 

さて、某校での話だが、3階の端の教室が予備の机の置き場となっていて、教室として使ってない。古参の教員になぜだと問うと、言葉を濁す。

どうやら、何年か前に、新卒採用された女性教員が、学年末に教室の入り口の鴨居に紐をかけ、首をつって自殺したようである。

今でも、夜遅く、その教室付近から泣き声が聞こえる、とか話す者もいて、女性教員のみならず、一見、屈強そうな男性体育教員も、暗くなってからは、3階の端までの見回りは嫌だ、と言う。

 

真偽のほどは確かめていない。確かめる術がない。学校には、当該事件についての記録がないし、人事について教育事務所に問うのも躊躇われる。

おそらく、女性教員の自殺は事実だろう。

教育公務員の自殺は案外に多い。

 

これは、行政職の話だが、ある役所で、元気闊達な男が、配置転換で、本庁から少し離れた部署に異動した。そこでも頑張ったが、自分が中心となって行った企画で、上司ともめたらしい。

家族に黙って、山歩きに行って、途中で、首を吊った。遺体が見つかるまで時間がかかり、消防など出てようやく見つかった。

役所は、我関せずで、見事にもみ消した。新聞にもテレビにも出ない。庁内関係者のみ知るところとなった。調べれば、周りの人間の不始末が出る案件だったのだろう。もみ消しの手管が、うまいものである。

自殺者の同僚で友達でもあった男から、詳しく聞いたのである。

 

公務員の自殺は、本人の身体上の問題や家庭に、理由があるのではない。すべてと言っていいくらい、職場の同僚や上司との人間関係に起因する。

 

学校教員の自殺のほとんどは、校長に原因がある。役所職員のそれは、直属の上司に原因がある。

救えるものを、救わない。保身のために、責任を押し付けて、自分はさっさと逃げ込もうとする。

実力のないことの反転としての傲慢であり、保身である。人間として、あまりに卑しい連中が多すぎる。

 

自殺に至らなくても、根の深い「困った話」を、たくさん聞いたけれども、ここにくだくだしく書くには及ばない。

 

現役教員や教員志願者も、ここを見ているだろうから、ひとこと言っておく。

何があっても、自殺はするな。死んだら負けである。

苦しいことが多くても、なんとか粘れ。

同じ職場に、相談できる友達を見つけて、話して忘れろ。子供の指導上のことや職場の人間関係についての相談を受けるのは、本来は、校長の役目である。しかし、校長に、そのキャパがないこと、問題から逃げる足の速いこと、驚くばかりである。だから、同僚または同年代の親しい友が必要なのである。

 

教員の自殺は、まったくの無駄、大損である。役所よりも、もっと完璧にもみ消されてしまう。子供への影響が心配だから、と理由をつけて、うやむやにされる。

自殺する側の、損失ばかりで、復讐にもならない。

 

生きて、なんぼの世界である。

せっかく子供の教育へ、足を踏み入れたのである。自分自身を大切にしてくれ。泥まみれになっても、続けてくれ。そのくらいの神経の太さを持ってくれ。