ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

楽な職場でも、人間関係で潰れる人が多い。自分で自分を追い詰める人々。

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某高校教員が曰く。

放課後、研究室に女子生徒がやってきて、将来高校教員になりたいが、国語教諭か家庭科教諭のどちらかで迷っている、と言う。
さあ、どう答えたものか。

国語教員はやめておけ。やることなすこと分量が多すぎる。些末で面倒で無駄な作業が連日連夜続く。人並みの睡眠はできんぞ。国語教員同士の無意味な競争心から、互いの足の引っ張り合いや、陰口陰謀落とし込み、その他もろもろ、ろくなことはない。

それはもう、家庭科教員です。学習内容がお遊びのようなもの、そのくせ、生活に密着とかなんとか、妙に気取ることも可能。仕事量が半端なく「少ない」。各校一名配置が普通だから、広大な家庭科教室家庭科準備室研究室等、わがまま放題使い放題。手料理だって、自分の服だって、教材研究の名目で、勤務時間中に作り放題。ついでに味見と称して、食べちゃったり。

と、ここまで言ったかどうかは知らないが、女子生徒は納得したのだろうか。
現在、某大学の家庭科教員養成課程で学んでいる。めでたし。

 

さて、話を変える。
小中高大の教員は、個人プレーができる大学教員は別として、あなたの勤務先と同じように、人間関係で潰れるのである。
特に役所のそれはひどい。役所といえ、たくさんあるから、とりあえず、市役所を例にとろうか。

なるほど市役所の仕事は楽である。嘘だと思うなら、日がな一日、役所の各窓口や、役所ビル各階に分散する種々の課を、それとなく覗いてごらん。
その暇なこと、ゆったり感、散漫感、傲慢感、倦怠感等々を感じることができるだろう。

中央の省庁も、また同じ。ここに詳しく書く必要もないが、外務省や文科省の某課でも似たようなもので、机の上に足を投げ出してノートパソコンをいじる奴や、態度だけは大きいが目が落ち着かない連中が多かった、と某知人は言う。

とにかく、市役所は仕事が楽である。あなたが現に市役所勤めなら、否定できないだろう。
しかしである、楽な職場であるにもかかわらず、役所の勤め人が、精神疾患になったり、病休、早期退職が多いのは、どういうわけだろう。

 

それはね、仕事が安定して楽ちんだと、人間関係で意地悪したり、すねたり、勝手に落ち込んだりするしか、やることがないから。
と、ここまで言うと、冗談でしょうと世間は思うだろうが、市役所職員は、そうは思わないだろう。その通りです、と呟くだろう。

実に実に、人というものは怖いものである。心は闇である。
心理カウンセラーもどき、怪しげな心理プログラム、力動精神医学から派生した多くの団体、生き方幸福論人間関係論、あれこれが流行って売れて、今もぐちゃぐちゃ存在するのは、そして一部では大儲けできているのは、人の心が一番難しく、つまりは人間関係で、天国か地獄かが、決まるからである。

こんなことを、何度も書くのは、役所勤めの知人のうち、すでに二名が自殺しているからである。人間関係で追い詰められたのである。
人は、意欲すれば、自分で自分自身を、変えることができるかもしれない。けれども、相手に対する態度を変えることは、二の次三の次である。誰もが、自分のことでいっぱいである。

他人の自分への態度を変えることができないのならば、自分の方が、変わるしかない。

笑い飛ばせば、いいのである。君の苦しみで、地球は崩壊しない。