ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

日本愚民化政策は、テレビと教育の二つからである。

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某人が言うには。

 

日本人を、小さな生活のささやかな平和ごっこの中に閉じ込めておくためには、二つのアプローチがある。
1には、マスコミ、特にテレビと新聞とを使って、国民から批判力と論理的思考力とを奪う。
2には、教育を不安定で筋の通らないものにして、日本人の国家意識を喪失させ、体制に従順な労働者として育成する。

1 マスコミを使った作戦
テレビと新聞は、長い間、気楽に商売を行ってきた。日本人は活字好きだし、文字を信じ込む傾向がある。毎朝、いわゆる地方紙、全国紙の類に目を通さないと落ち着かない、という知人がいる。ご苦労なことである。
かつて清水幾太郎だったか、朝から新聞を読んで、あんな駄文で頭を汚したくない、と書いた。新聞はいわば一夜限りの言説(のようなもの)で、購読者のご機嫌を取れば上出来である。そのくせ、妙に知識人を気取って、読者を馬鹿にする。「新聞は言論の雄」などと、あらぬことを口走るようになる。
困ったものである。商売人を甘やかすとああなる。

 

新聞は批判されるべきものの代表である。自ら言説を吐くものほど批判されて、襟を正すのである。マスコミの独善ほど、国家国民にとって、危険なものはない。
マスコミ人(マスコミ関係業界人)は、新聞を批判しない。新聞やテレビは、マスコミ人のお得意先だから、敵に回すと、飯の食い上げである。批判されずおだて上げられて、新聞テレビは独善的になる、神になる。
テレビは、短絡、直情、煽動、洗脳、雰囲気重視、ご都合主義である。

新聞は、ともかく文字である。少しは証拠が残るから、慎重ぶる。そのくせ、嘘を書いても反省しない。しないどころか、威張る。

テレビに至っては、編集済み映像と音声とを、濁流のごとく垂れ流して、視聴者を泥まみれにする、あるいは溺れさせる。映像の力は大きい。油断するな。

 

2 教育を使った作戦
不思議なことに、日本の政治状況は、教育の変質と歩調を同じくしている。
教育は100年の計というが、まことにそうである。教育をおかしくしさえすれば、いずれ国は倒れる。
敗戦後、GHQは、憲法教育基本法を意図的に歪めて制定し、日本の伝統教育を根本から異質にした。怪しげな教育観を日本人に植え付けた。NHKも喜んでGHQの言うとおりにした。

現代人のほとんどは、戦後生まれで、戦後教育の立派な落とし子である。日本悪玉論が、骨身に染みついている。負け犬根性、対米依存、左翼願望が習性である。平和憲法(1946年憲法)万歳、みんな仲良く、戦争放棄、何々は許せない、反核のうねり、おもてなし等の夢物語が大好きである。
 
日本愚民化政策は、これまでと同じく、今もこれからも続く。むしろ、情報による人心操作によって、頻繁かつ巧妙に、強烈に、愚民化を進めていくだろう。その推進力は、米国であり、シナやロシアであり、外国資本であり、獅子身中の虫である日本人自身である。マスコミ人や、政府官僚大学教員その他、戦後利得者達である。

敵は多く大きく、莫大な力を持っている。対抗する術は皆無に思える。しかしながら、国民は、金を出す方で、買う方で、お客様なのである。どんなときでも、金を払う方が強く、お金を受け取る方が弱い。テレビ新聞を、見るか見ないかを選ぶのは、私たちである。
ならば、もう少し、私たちが冷静な判断力を持てばいいだけである。