ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

女教師の憂鬱。美男美女の教室。独身生活も、また愉しからずや。

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人は、幸福には鈍感になるが、不幸には鋭敏になる。
体調の良いときは、健康を意識しない。
病気になって、初めて健康のありがたさを感じることと同じである。

いかにも独り身は孤独である。孤独は辛いとされている。
しかし、結婚し夫婦となり子育てをすることとを比べると、いったい、どちらが幸福であろうか。

何が悲しくて結婚なんか、という人もいる。逆に、口には出さないものの、結婚したくてたまらない男女がいる。
統計上、何年か先には、日本の三十代男性の三分の一は、生涯独身となるのだそうだ。

教育は、前提として、子供が必要だ。だから、教える教員がいて、教える場所がある。
結婚が珍しいものになって、子供が希少なものになれば、やがては、学校は減少し消滅する。極端な話ではあるが、制度としての教育は、縮小するだろうし、そうあるべきだ。
なくなるのではなく、融合である。学校は生活に溶け込んで、個々人の学習が、自学自習こそが、大筋となるはずであるし、そうであってほしい。

教員は、独身者が多い。特に女性に多い。これは、経済的に恵まれているからで、男女同一賃金であるし、へとへとの肉体労働でもない。
異性への興味なんて、教室に入れば吹っ飛ぶ。この意味は、例えば高校大学の教員ならば、ピンとくるだろう。
銀座のクラブに出入りすると、銀座の女が世間であると勘違いするように、教室で、美男美女を見続けていると、世間の同世代の並の男女になんか、興味が向かなくなる。

女子高の男先生は、独身が多い。それはそうで、どんなブ男教員でも、JKからすれば、男ではある。もてないわけがない。バレンタインチョコなんて、食べきれない。
女性への目が肥えてくるから、自分の女房となる人に、アイドル並みの容姿を求めてしまう。男先生の自宅には鏡がないのである。

女先生も同じことで、教室に入れば、イケメンなんて腐るほどいる。配偶者の対象は、よほどの美男子でかつ高収入でなければ、男ですらない。

以上のような馬鹿なことを、彼らが本気で考えているのは、自分たちが、まあ、ぎりぎり若いからである。
ある年齢の限度を過ぎると、哀れなもので、自分が見えなくなる、見たくない。それでも、気分だけは、若いものだから、理想に適合する配偶者がいない。生涯独身まっしぐらとなる。
気づいたときは手遅れである。

かように、人は見た目が大事で、見た目こそが、すべてであると言って過言ではない。
教員に独身者が多いのは、彼らの自分自身への傲慢が原因であること、かくのごとし。

しかしながら、見た目とはいえ、教員の容姿容貌に、平均以上のものが求められているわけでは決してない。
教員職は、楽しくやりがいがあり、自己実現ができる仕事である。給与も安定しているし、旅行や趣味の時間も十分にあるし、そこそこの配偶者に恵まれる率が、心がけ次第では、極めて高いのである。
教員は良いことづくめである。
と、普通には言える。

では、普通でない場合はどんな場合だといえば、それは、「ぱるるの教育批評」のそこかしこに書いてある。読んでくれ。

だから、微妙な仕事であるが、百人の教員がいれば、99人までは、十分に恵まれた職業といえる。特に女性にとっては、ダントツに有利でおいしい選択である。
理由は皆さんご存知だろう。わからなければ、女性教員を探して直に問うてくれ。
身近に女性教員がいなければ、他の職業についている女性に聞いてくれ。

女性の仕事で、子供に人気の高いのは、医師、議員、航空機乗務員である。

高額の所得で、自己陶酔感を満足できる仕事として、タレントという手もあるが、容姿容貌の改造や性的逸脱の覚悟等が必要だし、第一に、芸人は堅気の仕事ではない。「それ者」であり、河原者である。
美貌と野心とを併せ持ち、なおかつ、芸人になる覚悟があるのなら、それもいいだろうが、運にも左右される。極めて特殊な「お仕事」である。

受験ゲームに好成績なら、医者になるのが吉である。それほどでもなければ、教員がよい。
航空機乗務員はどちらかといえば、芸人に近いが、自分大好き人間にとって、安定の職業である。
議員は、もっとも下品な芸人ではあるが、野心を満足できる確率が高く、死ぬまで自己陶酔できる。
医者なり、教員なりの安定した男に嫁いで、議員を目指すのも、ない話ではない。

結婚も仕事も、幸不幸は、紙一重の選択である。