ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

AKB48は日本の文化である。AKBグループは、個人の競争を肯定する、理想の学校である。

f:id:paruru236:20170216205733j:plain

AKB48を、私は憎からず思っている。
むしろ、日本のオリジナルな文化のひとつとすら、思っている。
かつて、次の文章を書いた。


AKB48という「アイドルグループ」がある。歌って踊っておしゃべりする中学生から高校生くらいの年齢の集団である。
こんなことを書くのは他でもない。少し因縁がある。

以前、秋葉原を歩いていると、大型量販店ドン・キホーテの前に列がある。列の最後尾の学生らしき人に、何かあるのか、問うと、AKBのチケットを買うと答えた。それは何だというと、AKB48という女子アイドルグループだと言う。

店内で買い物をして店の外に出ると、チケット売場の前に人はいない。今は8階の劇場の入り口がチケット売り場だが、当時は、ドンキの入り口の横に小さな売店を設けてあったような気がする。あるいは記憶違いかもしれない。
ともかく、売り場の男性に尋ねたのである。
「チケットまだありますか」
「ありますよ」
で、買ってみた。

後はくだくだしいから省くが、当日でも簡単に買えたのである。
ショウそのものは、中学か高校の文化祭の出し物に類似したもので、歌ったり踊ったり、たわいもないことをしゃべったりする。
客は若い人が多く、元気がいい。合いの手や一種の叫び声が面白い。一番年少だ、と話していたのが、渡辺麻友で、このときは誰が誰だかわからなかったが、後で知った。
秋葉原に出るたびに3度か4度見たような気がする。舞台もそうだが、何より観客の反応が面白かったからである。


さて、話は現在に戻る。
AKBには競争がある。入団するのが大変で、うまく入ることができたらできたで、色々と競争が続くらしい。
中学生や高校生で入団するのだから、学校の勉強どころではないだろう。歌と踊りの練習やイベント等で忙しいだろう。
大人相手である。世間の厳しさに、十代で直面する。ずる賢くもなるだろうし、人気が出て当たれば、金も入って、親孝行である。

AKB48は、新しい学校と見ることができる。生存競争むき出しの世界である。容姿容貌、能力と努力、そしてほんの少しの才能とが、彼女らの武器である。
これほど完璧な学校はないのではないか。
商売と割り切ってしまえばそれまでであるが、思うに、小中高校大学と商売でないものはない。義務教育はまだしも、高校や大学、大学院など、全身これ金儲けの塊である。
AKBの興行主である秋元某氏は、自分は校長のようなもので、AKBは生徒だと、言ったそうだ。
なるほど、厳しく才能がある校長なら、それはそれで、効果的な「教育」ができたのだろう。
芸能だけではなく、学業の世界にも、AKBグループのような、遠慮会釈ない競争とその結果の公示と金銭的多寡とを得ることのできる学校。子供のやる気と努力と多少の才能とで、明確かつ公然と競争ができる学校を、望むのである。
そんな学校が、全国の各都市に一つや二つはあっても、いいのではないだろうか。