ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

筑駒のミスコンは、終わりか。筑駒文化祭。生煮えのカレーと驕り。

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縁あって今年も筑波大学付属駒場中・高等学校の文化祭を覗いてみた。
去年、少し甘すぎたので、今年は辛口で書く。

 

パンフ「暁」は、去年度に比べて、わかりやすくするために整理した痕跡はあるが、しかし、まだ身内向けすぎて、新しい訪問者には不親切だ。気取ってフォントを小さくしても無駄。判読しにくいだけである。

 

高3食品班に言っておく。
あの程度の味で、人様に召し上がって頂こう、まして金銭を受け取ろうなんて、傲慢を通り越して、非常識である。
カレーのごときは、ご飯を焦がしたとかで、提供が遅れた上に、ようやく出てきたコレがもう、悲惨の一言である。水っぽい黄色のゲル状に生煮えのジャガイモ他野菜らしきものが浮かんでいる。コメはもちろんまずい。

 

以下、見た中ではという限定付きで。

ジャグリング。
演技を、2回通して見た上での感想だ。腕が落ちているぞ。やリ直しが過ぎる。もう一回挑戦、に甘えた感あり。練習じゃないんだ、文化祭本番だ、一発で決めるべき。

 

演劇。

練習不足だ。完成度の低さが隠せない。どうせ中高生である。それほどのものを求めてはいない。熱心に演じる子供を、大人は、微笑ましく見るのである。しかし、モノには限度というものがある。
去年よりも、水準がかなり落ちた。原因は知らぬが、関係者は猛省せよ。

 

ミス筑駒 
目玉だとされているが、今後、凋落するだろうことを予感させた。
こういうエンタメは出演者の資質がすべてである、ある水準以上でなくては、どうにもならない。
ここ数年のネット上の「ミス筑駒」人気に、よりかかりすぎである。出演者の美人度や可愛さが売りなのだから、レベル以上の女装男子、男の娘であることが必要だろう。寸劇等受け答えの所動作に、笑いと時分の花的エロスとが加わるのである。
男性が女装するだけなら、企業の忘年会ならともかくも、中高校文化祭のイベントにはならない。

出演者も実行委員も、落ち着いて、大きな鏡を前に、小一時間、反省せよ。
所詮見世物なのだから、筑駒生ブランドで、ごまかすのは無理である。外見が水準を越さなければ、「きついなあ」という正直な声が諸所から出るようになる。

 

褒めるべきは地理科の展示、「私たちの身のまわりの環境地図作品展」である。じっくりと全作品を見て、楽しむことができた。今回の筑駒中高文祭では最高の出来だった。
しかしこの展示作品は、北海道から借りてきたものである。一番の展示が借り物であるということを指摘しておきたい。

 

総じて、やっつけ仕事感のある文化祭だった。一生懸命であったろう子供たちには酷な評かもしれないが、それが世間だ。いつまでも甘えさせてくれるわけがない。

とはいえ、中学生や高校生が、文化祭に取り組むことは、非常に望ましい。いっそう頑張ってほしいと思う。

 

さて、テント下のテーブルで、まずいカレーを飲み込んでいると、そばで小学校低学年をもつ数人の母親たちが話をしている。塾や勉強の話がもっぱらだが、受験の3年前から、こうして文化祭に足を運んで、我が子の入学に夢をはせるのである。またもや、涙である。

 

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環境地図作品展から

 

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ミス筑駒

 

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テントでまずいカレーを食す