ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

ニュースコメンテーターや政治教育等評論家は、卑しいテレビ芸人である。マスコミを妄信する国民には、そのレベルの指導者がお似合い。

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市民なりの政治、国民なりの指導者、という言葉がある。
政治家を批判し政府を非難し、為政者を馬鹿にしたつもりになっても、無駄である。

あんな連中が議員であるのは、選挙民がそのレベルだからだ。議員も、国民のひとりである。国民以上の「政治家」がいるわけがない。

日本の政治家は駄目だが、国民は、勤勉で立派な人ばかりだと、外人からおだてられて、ご満悦のようだが、これはお世辞である。騎手が馬の背中を撫でるようなものである。
外人には、汗水たらして働いて、勤勉な国民は、利用しがいのある馬である。
日本政府は日本国民のために、あるのではない、中国ロシアイギリドイツフランス南北朝鮮以下諸国家、特にアメリカ合衆国のためにある。
米国政府のお財布が日本である。

マスコミは、利を追う。
事実の情報や責任ある意見は、自社のためにならない。都合のよいように事実を捻じ曲げた情報しか流さない。
NHK、朝日毎日新聞以下種々の媒体を見ればお分かりだろう。自分が、自分だけが可愛いのである。それは人の常だから、仕方がない。
どうせ商売人である。当然だ。

当然ではあるが、憎んでも憎み切れないのは、テレビ新聞マスコミ稼業の者どもが、正義を気取ることである。
事実を騙り、偏向し、大嘘つきのくせに、国民世論の指導者の気でいるらしい。利に動き、利を求め、そのためなら何でもする輩であるのに、盗人猛々しいにも、ほどがある。

テレビ報道や新聞紙を、押し頂いて丸ごと信用するのが、日本国民である。評論家と称するテレビ芸人の口真似をするのが、私たち視聴者である。
私たちに、政治家を非難批判することができるだろうか。テレビの口真似をし、新聞の受け売りをしている、自分自身をこそ非難するべきではないか。

古人はテレビを見ない、宅配新聞を取らず、ラジオを聞かない。情報は、図書館から借りだす書籍とインターネットの二つがあればよい。他には、知人との意見交換で十分だ、と言った。
ネットはゴミの山だというが、全然かまわない。どうせ、最初からゴミだと思って見ている。ゴミの中には、まれに、本物が混じっている。生の情報がある。つまりは、本当の知識があるのである。

人はなぜテレビを見るのだろう。なぜ新聞紙ごときを信用するのだろう。わからない、本当にわからない。

つまりは、テレビ芸人や新聞紙をありがたがる国民レベルなのだろう。
目出度いではないか。