ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (hatena部)

アメリカ様の後追いだけが人生だ。白人万歳。マスコミ、文科省、そして私たち。

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親の小言と冷や酒は後で効く、という。
ところが、近頃の親は、小言を言わない。あれは愚痴であって、子どもに向かって小言をしようにも、その自信がない。

何かを諫めるには、物事の判断基準が、諫める人に備わっていなければならないのだが、そもそも基準になる道徳または常識がぐらついている。

人種のカオスのようなまとまりのないアメリカですら、宗教と建国の精神(のようなもの)が、人々をまとめる支柱となっている。

日本は、歴史が長い。人種も単一といっていいだろう。だから、お互いがなんとなく信頼(のようなもの)で結ばれている。日本人同士、分かり合える気がするし、実際、ある程度まで分かり合えている。人間関係が、大きく崩れない。

崩れるのは、今の子どもが大人になったときである。

すでにその準備は万端である。戦後の日本の教育は、国家の伝統文化の尊重よりは、グローバルで、英語第一主義で、中国が好きで、ついでに韓国も好きで、ソ連におどおどし、何よりもアメリカ様には永遠の忠誠を誓っている。

それが悪いとは言わない。言っても無駄である。日本はアメリカのように、諸外国をコントロールできないし、する気もない。コントロールされる方が、大好きである。安心である。

どうせ、犬になるなら、アメリカの犬になるのが幸せである。同様の趣旨を故・岡崎久彦宮澤喜一も、言っていたと記憶する。いずれも、国士である。日本のことを思っての本音だろう。
日本は自らが立つ国ではない。他国の指揮下で、幸福に暮らす国なのかもしれない。

ところで、周知のように、日本には、大学が多すぎる。
ほとんどの大学は、学生の遊技場と化していることもご存じだろう。
教員も教員で、何々研究会と称するパーティのような会合を、飽きもせず、続けている。

子どもたちの高校卒業後の貴重な4年間は、このように無為に過ぎていく。社会に出る前の、猶予期間だという意見もあるが、あんまりである。

そんなに猶予があるのだろうか。

景気のいいときは、モラトリアムだとかなんとか、下らない理由をつけて、挙げ句の果てが、歴史の短いアメリカで、一時、流行ったエリクソンの類を引用して、喜んだ。
今は何が流行りだろう。フランス流も飽きられた。都合が悪くなると、ポストモダンの類を持ち出す。または、ルネサンスなどと叫んで復古に流される。流行歌と一緒で、賞味期限が少ないのだろう。

ここは日本だ。ここで考えろ( Hic Rhodus, hic salta!)。

いっそのこと、18歳から2年間、徴兵訓練したらどうか。
そうすれば、いいことずくめだ。2年間の徴兵訓練は、日本人を強くたくましく誇り高くし、日本人の素養をより優れたものにするのではないか。もちろん、その間、高給をくれてやれ。資格も存分に取らせてやれ。
しかし、日本の徴兵訓練制度は世界中が反対するだろう。世界は、優秀でリーダーシップのある日本を求めていない。
日本を、金を巻き上げる対象にしか考えていないからだ。

これが世界だ。外人の心根を知れ。特にアメリカとチャイナにご注意である。

古い話になるが、トランプのアメリカ大統領選勝利は当然である。
こんなことは、ここに書くべきことではないが、あんまりだから書くのである。

トランプが勝つことは、決戦選挙の何週間も前から予想できた。
後知恵で言うのではない。
ヒラリー・クリントンのやってきたことを知っていれば、当然予想できるはずである。
中国から莫大な裏金をもらい続けてきた夫婦である。この上、女房まで大統領にするわけがない。
クリントンのチャイナスキャンダルを知らないとしたら、阿呆である。そこまでアメリカ国民を馬鹿にしてはいけない。

マスコミは所詮、リベートで動く。つまり損得で動く。
アメリカのマスコミも、当然ながら日本のマスコミも、そして現日本政府も、ヒラリーに頭が上がらない。すべてヒラリー有利との報道をした。そしてヒラリーを応援した。
ヒラリーに勝ってもらわなければ困る。

一方、アメリカ国民はそうは考えない。金銭的に汚くて真っ黒のクリントン一家を支持するわけがない。トランプの一見、豪快そうな雰囲気に賭ける人も多くいた。

これしきの事を予想することができないで、何がマスコミだろう。
日本の報道の見識を疑う。

結果が出てから、いかにもトランプ勝利が意外だったかのように装う。
どこまでも、マスコミの連中は卑しく愚かな連中である。

このように、日本のマスコミも行政も、定見はないくせに、やたらと外国の尻を追いかける。

文科省は、教育構造(改革)の模範として、フィンランドを目標にしている。

愚かである。フィンラインドの人口、地域条件、生活形態を調べてから、ものを言え。

国民性が違うというよりは、フィンランドは、人口520万人、人口密度はキロ平方あたり、たったの17人だ。狭っくるしいアジアの島国とは条件が違いすぎる。

文科省の発想は、いつもいつも、場当たりである。換言すれば、「哲学がない」。
一時の流行、思いつきに左右される。
日本の教育は、かくあるべきだ、という目標がない。
文科省の連中を、一度、全員リストラしたらどうか。
なんなら代わりの人選をしてやってもいいぞ。少しは、国民に益あることを計画し実施できるだろう。

今でも、フィンランドの教育は、相変わらず文科省や大学の「当局」では人気テーマなのだろうか。
いつもいつも、目先の利を追いかけて、日本の教育は振り回される。流行を追い求めて、軸足が定まらずに、キョトキョトしている。
最新のブームは英語教育だそうな。日本人の癖に、外国語を義務教育初期の段階から押し付ける。ばかばかしくて見てはおられない。 英語なんぞにかまけていると、お粗末な母語の力や日本史の知識は、ますます希薄になり、日本そのものが消えてなくなりかねない。

それが狙いなんだろう。文科省その他関係職員、政治屋職の人々の魂胆は、日本をなくして、「グローバル」な島国地域にしたいのだろう。

話は変わるが、人は一度負けると、とことん負け犬根性に身が染まる。
特に、日本人はそうで、相手に従うのが大好きだ。頭を垂れていさえすれば、良きに計らってくれると信じてきたし、現に信じている。
鎌倉時代から変わっていない。神風が都合よく吹くらしい。
自然災害が多く、その危険性も年々増加している島国であるのに、現実を見ない。見たくない。
東日本大震災が起これば、復興のかけ声が優先する。現実を見ない。

先の大戦でアメリカに負けると、アメリカは日本人の神になった。
アメリカが宗主国である。日本はアメリカの属国である。それは制度だけではない、私たち日本人の心の中にしっかりと根を下ろした負け犬根性である。

日本人はアメリカが大好きである。尊敬している。恐れている。兄と思い、親だと思っている。映画、音楽、文化の類、教育、学問全般、政治経済の類、何から何まで、アメリカにはかなわない。アメリカが一番優れている、希望の星だと、固く信じている。

あなたは違うと言うのか。少しも違わないと思うが、自分で否定するのは自由である。
あなたはともかく、政治マスコミその他で、日本を代表していると称する人々は、アメリカに頼りきっている。アメリカに反抗することなど恐れ多いと、心底思っている。

この習性を変えるのは、教育しかない。特に小学校教育である。小学校で、何をどのように教えるかによって、人間が変わる。つまり国が変わる。
アメリカはそうさせたくない。世界は、日本が負け犬のままであってほしい。
そして、私たち日本人自身もまた、自らが変わることを、一番、恐れているのである。