ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (hatena部)

連休前に宿題を出す教員は、熱心なのか、ごまかしなのか。宿題は単純作業に尽きる、それ以外は無駄である。

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連休近くになると、以前は、教員も子供も色めき立った。ハワイへ行く、グアムへ行く、沖縄でいい、北海道はまだ寒いなど、言いたい放題である。
近頃ではどうだろう。

さて、連休前には、宿題を出さないのが本筋である。出すのは、点数稼ぎの無能教員が多い。
「私は違う」という教員もいるだろうから、宿題について、少しく話そうか。


教員が、宿題をどんどん出すと、その教員はさも熱心なように見える。宿題がありさえすれば安心する親も多い。
そこで、愚にもつかない宿題を、平気で出す教員が後を絶たない。
これは、教員が得意とする「時間つぶし作戦」である。
時間つぶしの宿題とはどんな宿題か。あなたの子供の宿題を見るといいだろう。
よい宿題は、子供の学力と学級の学習進度によって、変化し、学力がついていることが、子供にも親にも実感できるものである。

教員は、宿題を出すからには、子どもにちゃんとやらせなければならない。
学級の過半数が、さぼって未提出であるような課題は、宿題とは言えない。
一人残らず宿題をやらせなければ、そもそも宿題を出していることにならない。宿題云々の学級規律の問題である。

宿題を出す学級は、子どもが宿題を形だけでもやってきているはずである。学級の子どものほとんどが、宿題に対して、やらなくてはならないという意識を持っている学級、ということだ。宿題を出す教員は、わずかにポイントが上がるわけだ。
ならば、宿題のない学級よりは、宿題のある学級の方がいいということになりそうである。

だが、違う。

繰り返すようだが、むしろない方がまし、といったつまらない宿題が多すぎる。子どもに時間を無為に過ごさせ、子どもの集中力を奪うような宿題が存在する。 
こんな宿題は出さない方がましだ。無駄な宿題は、宿題の8割を占める。
宿題をすることによって、子どもの学力が上がらなければ何にもならない。

学校の教員が出す宿題には、二つ意味がある。
一つには、その日の学習内容の定着をはかるためである。
二つには、家庭で一定時間は学習するという習慣をつけさせるためである。

宿題に後者の意味を持たせたのは、日本独自の発案で、日本の教員が熱心(または、おせっかい)な証拠である。
欧米では宿題は、第一の意味でしか出さない。または単なる予習のためである。
アメリカやイギリスの教員は、各家庭で子どもがどのような勉強をしようと、子どもの勝手だと考える。
伸びる子は伸びるし、怠ける子は脱落する。
これは仕方がないことだし、むしろその方が良いというニュアンスがある。
まったくもって「自由」な国である。子どものときから、「立派」な個人だ。
その子の人生だ。各々が、自分で責任をとるのだから、なんとでもやってくれ。

一方、日本では、どうでもこうでも、全員を引き上げようとする。
子どもにとっては、いい迷惑である。勉強したくないのに、どうしてそれほど勉強しなくちゃいけないの。

日本の教員は、学級の全員がやってくる、できる、という内容が、宿題の前提であると考えている。だから、宿題の中身は、吟味して出す(はずである)。
吟味しすぎて、単純なものになりがちである。それでいい。
宿題は、むしろ通り一遍でオーソドックスなものがいい。ややこしい宿題を出すような教員は、力が足りないのである。

望ましい宿題は、読み書き計算の単純作業に尽きる。これ以外の宿題は、まず間違いなく時間の無駄である。
これを極端だと、言うのか。
では聞くが、計算をノートにきちんと解き、漢字や単語をノートに書き写し、名文を朗読し暗唱する。
これ以外にどんなすばらしい宿題があるのだろう。あるなら、教えてくれ。

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