ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (hatena部)

名門高校、見る影もなし。進学実績は教員の熱意の証明である。

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都立高校には、名門と言われた高校があった。
なぜ名門校と呼ばれるのか。
進学先と、卒業生の業績らしきものとの、ためである。

例えば、都立では、日比谷、国立、西、戸山などの、高校である。各県には、県立や市立の、公立名門高校がある。

さて、かつての名門も、あっという間に凋落する。逆に、低位の評価だった高校が、瞬時に大学進学で名を高めることもある。
名門が名門として、返り咲くこともある。

こういう差は、どこから来るかと言えば、すべて教職員の力による。教員の熱意の差である。

実名は差し障るので、仮に公立AKB高校としようか。
歴史も古く、地域で第一の名門高校であったが、それがいつのころからか、並みか、並み以下の進学先、進学率になってしまった。または、新興の公立高校に、いとも簡単に実績で後れを取ったとしよう。

さあ、どうするか。
AKB高校の教員が、奮起するしかないのである。
実際に、教員が奮起したとする。
夜の10時11時にも自宅に帰らない。日付が変わって校門を出る教員もいる。授業への熱意、準備、各生徒への指導、その他に抜かりなく、集中する。
その結果どうなるか。

かつての名門の花を取り戻すのである。数年で、進学でトップになるのである。

この教訓は、つまりは学校は、教員次第であるということなのだ。
小中学校と違って、高校は、大学進学が、最大目的であるところが多い。目標が設定しやすく、親も子も、世間も、それを許す。
受験指導に明け暮れても、高校教育の本文であるかのように認識している人が多い。
こんな環境で、教員団が必死になれば、在校生徒に伝播しないわけがない。

教育は、教員がすべてである。どんな子供でもオッケーである。「優れ」た教員との出会いが、子供の学力の進歩を決定づける(ことがほとんどである)。

今が旬の高校はどこか。その高校の教員団が、どの程度、やる気があるのか、そして、実際にやりそうなのか、この点を見極めて、進学先の高校を決めることだ。

ちなみに、教員の転勤サイクルも、知っておいた方がいいだろう。昔のように、教員が教育事務所の転勤指示に逆らって、駄々をこねるようなことはできなくなっている。有無を言わさず、異動させられる。だから、公立高校の今後の実力の変化の流れを見るのは、肝心の教員構成が変化することもあるので、簡単ではないのだが、そうはいっても、進学校には、それにふさわしい(多分)教員を配置するのが、人情である。
都立高校も、各県の公立高校も、現在の偏差値なり過去の進学実績を調べれば、おのずと今後数年の状況を予想することができるだろう。自分の子の在籍3年間だけでも、やる気のある教員団がいればいい、と考えることもできる。

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