ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

小論文問題も笑って解ける。入試問題作成、ご苦労様である。読書量と質。

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中高一貫学校の入試問題は中学の教員が、高校の入試問題は高校教員が、大学入試問題は大学教員が作成する(ことがほとんどである)。

次年度の入試問題作成担当に決まった教員は、校務分掌を外される、または著しく少なくなる。問題作成に没頭させるためである。といえば、いかにもだが、そこは教員の能力次第で、楽に良い問題を作る者もいれば、苦しんだ挙句、問題だらけのまずい「問題」を作る教員もいる。

中でも、国語関連の科目は、作成が難しい。

小論文が、大学入試で大きな比重を占めている近頃ではなおさらで、あれは当初は、受験生に書かせて、それを読んで採点していたが、まともに採点できる代物ではない。受験生の舌足らずの下手な文章を、公平に評価できるものではない。

それで、課題型小論問題などと、いろいろと内部で名前を付けて、小論文とはいえ、従来の国語読解問題に近づけている。課題文章を要約させたり、記号選択などを取り混ぜて、採点しやすくした。

いまさらながら、受験生諸君に言うのもなんだが、小論文問題だからといって、特に準備をしなくても、国語科が、よくできていさえすれば、軽く解けること、君が知っての通りである。

面白く感じるのは、普段よく読書する子供は、この10年で、特に有利な傾向になってきている。

これは出題するの側の教員が、御多分に漏れず、勉強不足、基礎教養不足、読書量の少なさなどから、出す分野が限られてきているし、問題作りの冴えもない。受験生のほうが、読書量や読解力ともに優れている子供が増えてきたためである。

例えば、ある国語の得意な高校生は、問題文を見たとたんに、答えが透けて見える、と言ったが、多分その通りだろう。

出題する大学教員や高校教員よりも、受験生が上手だから、無理もない話である。

これをまさか、とか思うのは、その経験がないからで、特定科目が並外れて得意ならば、めずらしいことではない。

過日も某国立大学の試験問題を、何人かの子供と覗いてみれば、あの文章もこの文章も既読だと言う。著者も題材名も問題に表記してあるから、この人ならこの傾向の思考形式だ、と見抜いて、笑っている。

英語問題は、最初の数行で、Hemingwayのあれだ、Maughamだ、古いの選びやがって、などと言う子供もいる。

ただ、国語の読解問題は、近頃の雑文屋の文章を出すことが多く、これには閉口する。いわゆる格の通った文章ではなく、例によって悪文ばかりなので、子供もそんな駄文や、脳科学社会学だのの、下らないタレント売文屋を無視しているので、読んでいない。

しかし、これは前にも書いたが、出題者の意図を見抜いて、彼らの予想する答えを投げてやれば、喜んで食いつくから、心配はない。

というわけで、受験生諸君には、普段から一流の本を読んでいさえすれば、良い問題は軽く解くことができるだろうし、悪い問題はそれなりに笑って回答できることを言いたかったのである。

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