ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ

学校は危険がいっぱい。精神障害を疑うほどの荒れた子供。

paru 2

子供が荒れるのは、すべて理由があるが、その荒れがあまりにひどい時は、精神障害の可能性がある。

しかし、親は学校の指摘を、信じないし信じたくないから、然るべき機関の診断を受けさせない。

学校は、教室で「軽い傷害事件」があるくらいでは、驚くべきことに、加害者の子供を叱責し、被害者の子供の親に連絡するくらいのことしかしない。

学校には、管理責任がある。児童生徒学生が学校にいる間は、平穏無事に時間を過ごさせることが、建前である。

子供同士のトラブルが、精神的なもの(これは目に見えないので言い逃れが可能)にとどまらなくて、身体的なダメージを大きく受けた場合(傷が外見上明白、病院の記録に残る)は、責任問題となる。

そこで、子供同士のトラブルは内々で解決して、親を巻き込みたくない。親に連絡する場合は、連絡していた方が、あとあと安全そうな場合である。または、加害者児童に対しての指導が学校教員だけでは効き目がない場合、親から「叱ってもらえれば」、少しは効果があるかもしれない、と考えるためである。

子供の荒れは、本当に怖いものである。中学となり、高校となり、年齢が加わるにつれ、暴力的色彩がどんどん強くなる。

小学低学年の子供でも、いわゆる「切れた」状態になると、鉛筆を半分に折って逆手に持ち、周りの子供の顔を突き刺すようなこともある。

これはテレビドラマなどの喧嘩のシーンで、ビール瓶を割って凶器にすることからのヒントなのだろう。

こういう子供は、家庭が荒れていることも事実であろうが、それ以上に、器質的な異常を推測せざるを得ない。

「きれた」は、便利な言葉で、その行為者自身よりもその相手側に切れた状態を作った責任があるかのようなニュアンスがある。判断能力が一時的に飛んだのだから許してね、というわけである。面白いのは、加害者の子供自身が「キレたのだから、仕方がないだろ」なんて言う。

やはり病院の出番である。

広告を非表示にする