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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

子育ては最低の投資なのか。教育は最悪の投資であるか。コンビニ学校、大学、新学部学科の増設。

無駄の極致

paruru kijiyou

子供の数は減りつつあるのに、あちらでもこちらでも学校をどんどんつくっている。

学校の数が増えているというより、今ある学校の規模を拡大しているようだ。

競って、校舎の新築増築、新学部学科の増設である。傍から見ていて、気味が悪い。

どうせ、ろくな教育も研究もできないくせに痛々しい。肝心の教員が力不足、生徒学生も玉不足である。

いったいぜんたい、どうやって経営していくのだろう。例によって、国民の税金をふんだくって、填補してもらう気だろうか。

コンビニエンスストアの如く、即席店舗ができあがり、集客競争の挙句、潰れてしまったり、生き残ったりで、落ち着くところに落ち着くのだろうか。

学校は減った方がいい。大学に至っては、無駄の極致である。

にも関わらず、増えている、増やしているのは、なんらかの利害があるに違いない。利のもとは国民の税金となけなしの貯蓄である。利を得るのは、人口の数パーセント以下の何者かである。

教育は「ビッグビジネス」で、商売人からすれば、これほどおいしい標的はない。

家庭からすれば、子供を産み育てることは、投資としては最低である。中でも日本の教育は最悪の投資先である。

しかし、出産育児は人のある種の定めのようなものだから、論じても仕方がない。

問題は教育である。

義務教育期間は法に従うしかない。

しかし、中学卒業後は、国民一人ひとり、などと大げさに言うまでもないことだが、家庭が、つまりは、子供の保護者が、よーく、熟慮しなければならないだろう。

もはや、一斉に並んで歩いて行くような、同質教育時代は終わったのである。みんないっしょ、みんな同じでは、効率が悪い。何より、人間的ではない。奴隷の集団である。または、痴呆の集団である。あるいは巨大遊園地で乗りものを並んで待つ有象無象である。

学校には、もう価値の残滓すらないのかもしれない。

巨大なクレーンが新校舎を積み上げるのを見て、知人が言ったのである。