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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

日本の学校教育の文脈。ポストモダンごっこの馬鹿馬鹿しさ。悪文でごまかす東大教員。


学校教育は、中央が統制するにしても、地方に任せるにしても、どちらにしてもこのままでは良いことにならない。
地方地方というが、地方もけっこう頼りないのである。教員上がりの行政職が、周りを気にしながらじたばたしたところで、たいしたことはできない。
挙げ句の果ては、慣れてもないくせに、米国風マネジメントや、とってつけたような管理方法を引っ張り出してきて、あたふたする。

商売だと割り切る勇気もなく、だからといって、先が見えないどころか、何をどうしていいかがわからない。
公教育ということになっているから、建前ばかりで中身はスカスカである。筋が通ってない。


学校は、民営化するに、限るのである。
さもなくば、大至急、憲法改正して、各種の時代遅れで、しかも我が国の国民性に合わない変な条文を片っ端から廃棄するに限る。
それが第何条だとは、あえて言わないが、国の憲法がこんなものでは、教育の筋が通らない。

筋の通らないままに、米軍の占領は、ずーと続いている。日本人の判断はアメリカの支配下にある、というのが、現在の「筋」である。
日本人は勤勉だから、これまでやってきた。だが、社会は熟成しつつある。
つまりは、贅沢もできないがそこそこ暮らしていける時代になったのである。繰り返す小不況と神経病との時代がやってきたのである。

これは、他の大国(小国も含む)から日本を見れば、まことに都合が良く利用しがいのある国になったということだ。

考えてもみるがいい。 日清戦争でチャイナに勝ち、続く日露戦争では、こともあろうに世界の大国であるロシアを破った。しかも有色人種が白人種を、である。


当時の唯一の「人間」だった白人にとって、どれほど驚嘆すべきかつ恐れおののくべき一大事件だったろうか。
東洋の名もない「サル」の分際で、白人の大国に勝ったのである。白人種が、日本に対して永遠の復讐と怨嗟とをもったことは、想像に難くない。

彼らは、先の大戦で、日本を叩きのめしたが、まだまだ、つぶしきれていない。彼らはの復讐心がそうそうは薄まるはずがない。

話が長くなったが、日本の教育、特に学校教育は、このような文脈でとらえなければならないのである。
些末なる国内のあれこれで、もたついていてはダメである。


ついでに言うなら、ポストモダンとやらの爆笑問題もいい加減にしたらダどうだろう。


大学入試の国語科現代文は、一時期、東大教員の自称、ポストモダン系の学者先生もどきの雑文を出すのが流行った。いまだに、出している。おかげで、高校生は、現代文が大嫌いになって、高校の国語教員は、往生した。あれは文章と言うより、ツイッターのつぶやき以下の雑文で、書いている本人が意味がわかってない。
この話は、いずれ。