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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

総理の休暇、医者の、教員のそれ。教員の夏休み、再び。


教員の夏休みは、 正確に言うと、「ない」。
学校が、夏期休業中なのであって、教員には、正規の勤務時間があることには変わりはない。
だから、教員には、夏休みはないのである。

だが、研究または研修の時期ではある。その期間は、本来は大学や各種研究機関あるいはフィールドでするのが建前というか本筋なのだが、簡単には認めなくなった。すべて勤務先で行え、ということになった。仕方がないので、教員はせっせと児童生徒のいない学校へやってくる。

一流の執刀医がいたとしようか。彼が難しい手術を終えて、海外の保養地に数週間休暇をとることを、世間は許すだろうか。
許すだろう。

教員が夏休みに、各種機関で研修をしたら、世間は許すだろうか。

許すだろう。


それが、風邪向きが変わった。

教員を馬鹿にしているのである。自分が選んで金を払って行かせている学習塾の講師は、有難く感じる。しかし、我が子の教員は、自分が選んだわけではない。


加えて、世間には、教員への嫉妬がある。みなさん、学校ごっこが大好きで、できれば自分も先生と呼ばれたい。そんな方々のパーティがPTAである。

教員は特殊な仕事である。毎日、気難しい「生もの」を扱って、気の休まるときがない。
子どもの将来への影響を考えれば、親は教員を正視する事はできないだろう。ひたすら、ひれ伏すしかない(または、殴り倒すしかない)。
だから、教員を世間の他の職業と同列に扱ってはいけないのである。

すべての職種は、世間がどう扱うかで、価値が決まる。
単細胞で優柔不断で私利私欲の塊のような男でも、総理大臣職にあれば、やはり一国の総理大臣として認めざるを得ない。


利己主義の冷酷な拝金主義者も、大統領の立場にあれば、国民にとってはアイドルであり、「尊敬」すべき大統領なのである。


大学の教員に対して、世間は甘い。それというのも、世間は彼らを、何となく「認めている」からである。


大学教員よりも小中学校の教員が何十倍も偉いと思うが、世間の大部分はそうは思わないし、思いたくない。

職種の価値を等閑にしたら、その内容も評価に見合った程度のものになる。
寄って集って、教員に対して失礼な態度に出れば、教員の価値を貶めることになり、結局は、子どもの教育にマイナスとなる。
それが分からないのだろうか。


わかりたくないのだろう。