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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

授業時間数の確保。時間が過ぎれば良い? 授業の中身がすべてである。

学習指導要領


時間がたっぷりあると、逆に、仕事の速度は、かえって遅くなる。
時間数の確保とかで、授業時間の計算がやかましくなった。国語が1時間足りない、社会が2時間多いだのと、神経質に気にする。集計を月ごとに出す。週末に出す。はなはだしきは、毎日出す学校まである。
くだらないことである。

プロの教員は時間なんて関係ない。
10の内容を2時間で教えることができる教員もいれば、10時間かけても、たった二つのことすら、教えることができない教員もいる。

時間数合わせに、熱心になってはならない。
その方が、適材適所で実力を出すだろう。時間にばかりこだわると哀れなことになる。
能力ある教員の足をひっぱることになる。力不足の教員には、無理をさせることになる。良いことはひとつもない。

隣町で事件があったら、こちらの町の全員が犯人だ、と決め付けるようなものである。


さて、以上は前にも言ったような気がするので、少し補足しようか。


役所仕事は、何事も書類上の数字合わせが大切である。つつかれても、ボロさえ出さなければ、安泰である。


学校も残念ながらそういうところがあって、ほれ、この通り時間数は守ってます、と胸をはる。およそ授業とは言えない代物でも、チャイムから45分または50分間教科書を机の上に出させて、時間が過ぎればよしとする。


時間ではない、内容なのだ。優れた授業は20分でも十分すぎるくらいで、あとの時間は関連する話題を展開するのがプロのやり方である。


このあたりのことは、簡単には言えないのだが、わかる人にはわかるだろう。


何よりも不幸なことは、わからない人が多すぎることである。大方、そういう授業を受けたことがないのだろう。それも仕方がないことである。


教員と児童生徒との出会いは、運である。体験がなければ、わからない。