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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

算数・数学は難しいほうがいい。「百玉そろばん」の無駄。

小学校の授業


算数は具体物との対応が大切だ、とかで、分数の3分の1を教えるとき、大きなケーキを買ってきて、包丁で三つに分けたりする。
それがよい授業なのだそうだ。
とんでもないことである。
算数は抽象概念を操作できるようにする。具体物は不要どころか、害悪である。

チョークと黒板があれば十分で、それで理解できないのなら、教え方がまずいか、教わる方の能力不足かの、どちらかだろう。子供の能力不足はめったにないことだから、ほとんどの場合、教員の側に責任がある。

こんなことを言うと、すぐに反論されそうだが、反論するがいい。


抽象的なことを、どのように理解させるか。学習者は、抽象を抽象として理解する。その訓練が授業である。勘違いしては困る。

もう一つ言うと、たとえば、数の導入で「百玉そろばん」のようなものをつかって、児童の頭をことさらに固定化するようでは、ダメである。あれはすべて無駄とは言わないが、頭の訓練にはならない。
難しいことを難しいままに、理解させる。子どもは、難しいことを抵抗を感じながら、学ぶ。これを、実際に児童生徒に体験させなければならないのである。
学習では、「わかりやすく」「楽しく」「親切心」は、まったく余計なことである。
むしろ、わかりにくく、退屈で、抵抗感のあるように、授業を構成するくらいでちょうどいい。