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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

勉強方法は昔から一つである。当たり教員との出会いは運任せだから、人生は不公平が「デフォルト」なのである。

学校のから騒ぎ


勉強方法は、昔から、一つしかない。
忍耐と繰り返しである。
宣長が、長い年月を辛抱強く途切れることなく勉強しろ、それ以外によい勉強方法ない、というほどのことを既に述べている(本居宣長『うひ山踏み』)。
その通りである。


学校教育には、教科書があり、教員がいて、一応は雨風をしのげる場所(学校)がある。その他に、何が要るというのだろうか。


何にでも打算や商売が入る。また、弱い精神にとって、目新しい物は常に新鮮である。だから教具教材やプリントの類が山ほどあふれている。


しかし、勉強は、教科書で十分である。
教科書をつかい黒板をつかい、児童生徒学生のノートに、教えた内容をまとめさせる、その他に何が必要だろうか。


一時、流行の兆しを見せた、パソコンを使っての授業も、結局は大きなパロディだと言うことわかった(わかりやすく言えば、あれは「授業という名の冗談」である)。


パソコンを禁止したところで、あれは遊びだから、どうせ子どもは覚える。


やはり、学校での勉強は一つである。
よき教員から、優れた授業を受ければいい。その他には、何もない。
優れた教員に巡り会えないからといって、機械(パソコン)にはその代りはとうてい務まらない。
その意味でも、世の中は不公平である。