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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

教員を「やらせていただく」。新米もベテランも、子供や親の御機嫌とりである。

小学校教員


20代の新米教員は論外として、30代40代の、一応、仕事に慣れてきている教員は、少しは仕事に自身を持ってきているかというと、そうではない。
やっぱり、保護者にびくついて毎日を過ごす。

その顕著な例が、学年通信という代物で、よせばいいのに、毎月、きまりきったことを、頭を低くして、プリントする。


もう、読んではいられない。
事項の挨拶に続いて、児童がどうだの、「いつもご協力いただいて感謝します」だの、われわれ担任一同も「一所懸命やらせていただきます」だの、卑下を通り越して滑稽である。


このようにへりくだらないと、安心できないらしい。
校長も校長で、プリントの内容を、事前に見ているくせに、それでよしとする。どころか、喜ぶ。


こんなことだから、児童生徒保護者になめられるのである。
仮にも、先生だろう。教師だろう。


右も左もわからない息子・娘に、日本の文化伝統、人類の共通遺産である学問を教える主体者なのだろう。


誰にへりくだる必要があるのだろうか。自信をもって、教えるべきことを、またはそれ以上のことを、教えてやるがいい。


相手は未熟者以下の児童生徒である。親を見れば、その程度も知れるだろう。教員は、保護者や、まして子どもよりは、はるかに高い見識と教養とを持っている(はずである)。もっと、教員としての自負をもて。







失敬千万な近隣諸国の連中への、日本政府の対応のだらしなさも、その根は一緒なのである。


教員が、だらしない国民性を育成することに一役買ったのである。


政府内閣官僚学者マスコミの者どもを、もう一度、ちゃんとした学校で、叩き直さなければ駄目だろう。