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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

親子そろって子供である。校長、指導主事、親、子供の面倒まで考慮した授業をする。

学校のから騒ぎ


不詳の息子や娘でなくても、子どもは叱って育てるのが当たり前なのに、近頃の親はそれをしない。しないばかりか、子どもに阿る(おもねる)、すり寄る、甘やかす、ごまをする。挙げ句の果てに、子どもから足蹴にされても、恥ずかしげな苦笑いで、すませている。

学校教員も、だらしないことは親に似ている。
教育事務所職員(俗にいう教育委員会の勤務者。ここでは指導主事を念頭に置く)も、経験不足の青二才が多いから、全然当てにならない。ならないどころか、足を引っ張ることもある。


教員が万が一、正論を吐き、授業を進めても、親には分からない場合がある。その分からない親が、教育事務所へ文句を言い、学校長へ文句を言うと、その教員はぺしゃんこである。


実際は、ぺしゃんこになる教員は多くない。そうならないように、あらかじめ予防線を張る。親や委員会向きに無難なことばかりをするようになる。知的で険しい道よりも、怠惰で安全な道を選ぶようになる。


道理の分かる教員も、どうでもよくなる。勝手にしろ、というわけである。
とうとう、不肖の息子や娘は、誰にも叱られることがなくなって、生理的にのみ成長していく。


自分の子どもを叱って育てることができないのなら、それは親ではない。


それは、「子ども」である。