読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

登下校が危険すぎる。学校はいつも安全なわけではない


太平楽ではなかろうか。「安心安全」が合言葉である。


自己責任という言葉がある。一歩家を出れば、大人も子供も、その先は闇である。闇でもあるにもかかわらず、自分のまわりはいつも安全にしておけ、というのは日本人の我が儘である。


他国では、毎日、事故や犯罪で人がわんさか死んでる。日本でも、たまには死ぬこともあるだろう。

学校は、多くの子どもを集めて、教育活動という「危ない仕事」を進める場所である。怪我や病人はつきもので、児童生徒学生が死ぬこともある。それは望ましくないことだが、あり得ることである。
そのたびに、感情的になって道徳論を説いてもはじまらない。後は金銭的な解決が残るだけである。

「学校」に対しては、多くの大人(子供も)にとって、唯一、言いたい放題で自分の身勝手な我が儘をぶつけることができる。彼らにとって、現代の「オアシス」である(だから、学園ものは人気がある)。

しかし、この風潮はいかがなものか。多くの学校があり、より多くの教員がいて、もっと多くの子供が通う。一々問題を詮索すると、きりがない。


今現在が不況と言われるが、まだ周りの人々は飢えてない。ダイエットだとか何とかで、肥満を揺すって歩いている。
都会ではビルが爆破されてない。スカイツリーは歴然と屹立している。国賊国会議員がまとめて狙撃されたという話もきかない。
たまに殺人がおこると、すぐに全国ニュースになる。
太平楽と言えなくもないのではないか。
しかし、それでも「登下校が危険だ。どうしてくれる」と言い出す。

あの程度で危険だと思うなら、家から出るな。
広い世間だ、色々な人間がいる。悪人も多いと心得よ。
第一、北朝鮮に、生徒学生社会人が多く誘拐され、利用され、殺されたりしてきたではないか。何を今更、危険ぶる?

我が子が心配なら、登下校付き添って、学校の門まで送り届けるがいい。日本以外では、それが常識である。

学校が、
親の批難を避けるために、安全指導、登下校指導だので、お茶を濁す。見てはいられない。
母親は、子供を送り出すと、さっさとお勤めにお出かけである。またはテニスやゴルフのお仲間とおしゃべりに夢中である。
子供は学習塾だとかで、平気で夜の10時でも11時でも、コンビニエンスストアでお買い物である。

一歩家を出たら、親子ともども、戦場と心得よ。

学校給食、生活指導、地域との連携。どれもこれも、学校教育を馬鹿にしきったことである。学校を託児所に、教員を便利屋にしようとする。

学校は学問を教えるところである。それ以外に仕事はない。できない。してはいけない。
親や
子供の甘えを増長させるだけである。 

話があちこちしたが、学校は、ばたばたするな、ということが言いたいのである。公立学校は、もっと落ち着くがいい。
学期はじめに、日本の古典や、日清日露の戦の話を、ゆっくりと語って聞かせてみたらどうか。


以上の話は、登下校中に遭遇する精選錯乱または心神耗弱状態車を運転する者どもには当てはまらない。あれは犯罪である。厳しく処罰するがいいだろう。