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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

PTAは不要である。無駄なパーティは、校内ではなく、カフェでやるがいい。

物わかりのいい親たち


PTAなる組織は、よほどの人物がその中心にいなければ、不要ではなかろうか。


ずいぶん変な保護者が多いと聞いた。

朝から、学校に出入りして、PTA会議室とやらで、パソコンをいじったり、なにやら印刷したりして喜んでいる。小さな子どもまで連れてきて、近くのスーパーで買ったサンドイッチを食べ、ジュースを飲んで楽しげである。そのうち子どもは、廊下を走ったり、大声を出したりする。泣き出す赤ン坊までいる。若い母親たちは大笑いで、世間話(韓国ドラマ)に花が咲く。


隣の教室では4年生が計算の真っ最中だというのに。

PTAは一種の社交界でありパーティである。
教員が、こんなことにつきあわされたりしてはたまったものではない。
だが、子どもの親は、みんな有権者である。議員にとって、お客様である(投票の一瞬だけとはいえ)。
議員は母親に弱い。だから、教育委員会も、保護者に弱い。従って現場の校長はもっと弱く、教員はもっともっと弱虫である。



実際に子どもを教えているのは教員である。一番強くなければならない教員が、実は一番弱いのである。これで誇りを持って、よい教育ができるのだろうか。


できるわけがないのではないか。



話を戻すと、断言してもいいが学校はPTAとの会合なんぞ望んでいない。
今時流行の学校協力者会議なるものも、地域のガス抜きであり、年寄り達のお楽しみ会の役目を担っている。
いったい、何を「協力」するというのだろう。協力者に名を連ねている人の顔ぶれを見てご覧。なるほど「地域の実力者」なのだそうだ。校長室での会議(のようなもの)に出席できて、いかにも嬉しげである。

何が協力だ。大きな世話である。学校は以前からあったし、今もあるし(幸いにして)、これからもあるだろう。妙な変化があってはならないのである。厳しく学問を教えればいい。イベントごっこはやめておけ。