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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

楽しい授業、そんなものはいらない。濁った遊戯である。

小学校の授業


「楽しい授業」というキャッチフレーズは俗耳にはいりやすい。
授業(学習)が楽しいわけがない。楽しいと錯覚しているだけである。

学ぶことに一種の楽しさを感じるときは、確かにある。知識を増やし、できなかったことができるようになる、自分でも力がついてきたな、と実感できる喜びである。
だがこれは、退屈でねばり強い学習の結果として、ようやく得ることができる。最初から、楽しい授業なんて目指していたら、授業はお遊びになるに決まっている。しかもその遊びは、学習という下心のある濁った遊びである。

くどいようだが、子どもの知性を鍛えることが学校教育の目標だ。そのための基本は、読み書き計算を徹底することしかない。

子どもには、安っぽい楽しさは与えたくないものだ。そんなものはテレビゲームやマンガやバラエティ番組が、たっぷり与えてくれる。
学校は退屈さと我慢とを学ぶ所である。それを通り越せば、すばらしい地平が開かれることを、子どもに気付かせる所である。
  だから、むしろ授業は速度のある、厳しさのある、抵抗感のあるものが良い。いかにも、学んでいる、という実感がわくものがいい。

あなたにも覚えがあるだろう。「いつのまにか身についていました」ということが。それはあなたの麻雀の腕前のことだ。それだって、何十日、いや何百日かの徹夜の経験の結果だろう。

授業は、仮にも人類の文化遺産である学問を、子どもに身につけさせるのである。楽しさよりもまず、きちんとした学習態度と勤勉さが必要であることを知らしめよ。それが授業の役目である。


パイはそのうちいつか、十二分に打つときが来ることだろう。