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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

教員を狙い撃つには、メール1発で決まる。戦々恐々の日々と不安の投影。


教員を陥れるのは、実は簡単である。

電子メールで、あることないこと非難すればいい。宛先はもちろん、所轄の教育委員会である。いまどき、どんな地方でも、教育委員会はホームページを持っている。
都道府県にも、ことごとくホームページがある。知事や市長の顔を自慢そうに載せて、「ご意見はこちら」なんてやってる。



そこに匿名のメールを送りつける。
どこそこの学校の某教員は、何々でけしからん、だの、うちの子どもが傷ついた、だの、あの授業はどうだの、教員がこんなことを言った、こんなことをやっているだの、非難する種は、いくらでもある。どんな事柄も、立場や気分や見方によって、何とでも言えるからだ。

気の毒なのは現場教員である。よかれと思って熱心にやっても、逆恨みされる。
こんなことだから、公立学校は駄目なのである。沈没するのである。
教員は、親のご機嫌を取るのはもちろんのこと、児童生徒のご機嫌を損なわないように戦々恐々の毎日である。
さすがに教育立国である。文科省の諸君も満足だろう。



少し付け加えると、


各地の教育委員会都道府県が、保護者の意見を聞くために、掲示板を開いている。
それは数多くあるが、そこにある意見は、ほとんどの場合、対象である学校や教員への中傷である。


それらはすべて書き手(たとえば保護者自身)の問題の投影に過ぎないことが多い。
いわば、自分自身が不平不満不安を抱えていて、それを学校、特に教員にぶつけることで、いくばくかの平安を得るのである。

その証拠は、順調に成長している児童生徒の親が、不平不満を持たず、教員や学校に対して、感謝とまではいかなくても、少なくとも肯定した感情を持っていることである。
親は、我が子が、親の期待や理想と離れていたら、そんなはずはない、それはどこかに原因があるはずだ、と考えたがる。
昔の親は、謙虚に我が身を反省した。


今はしない。
しないどころか架空の犯人を見つけることに躍起となる。そうして、とりあえず、教員を犯人にする。

しかも、これらの通報は実に効果的である。教員や学校や教育事務所を震え上がらせることができる。
教育は、困難な時代になった。そしてますます効果が上がらなくなった。


自業自得である。