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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

怪しい関係、子供と教員と親と、ついでに行政も。不安の投影。

paru 2


我が子の状態に満足できないときに、その責任が、学校の担任にあると、考えたがる親がいる。
家庭でも気持ちが不安定で、精神的に緊張を強いられる仕事に就いている母親である場合が多い。子どもは、女子であることが多い。
これは不思議な傾向といえるだろう。
更年期障害の故か、同性母子関係の綾なのか。どんな原因があるのだろうか。

子どもは、担任教員が本気で子どもの学力を上げようとしている場合、直感的に、この教員は今までの教員とは違うな、と気付くことが多い(今までの教員が駄目という意味ではない)。
たとえ、最初は違和感があったようでも、だんだん慕う気持ちへと変化する。このあたりは、教員の人間性にもよるのだが、紆余曲折があったとしても、結果的によい関係となる。すなわち、和解、理解するのである。

しかし、その子どもの親が、担任に対して否定的感情を持つとき、難しいことになる。子どもは、親の判断に従わざるを得ない立場であるからだ。
これが、小学校高学年の子どもの難しいところで、個人の自由意思がかなり確立されつつある時期であるにもかかわらず、母子一体感が抜けきらないので、最終的には母親の判断に強く影響されることだ。
この点、中学生では、親の支配力が子どもに及ばなくなるので、学校の教員も親も、子どもに対しては、同程度の影響力を与えるので(ほとんどコントロールできないということ)、親も教員も、子どもへの距離がほぼ等しくなる。小学校教員に比べると、親に倒しての気苦労は、中学教員の方が、気が楽といえるだろう。

話を戻すと、親が、我が子に、不満や不安または否定的感情を持つとき、その原因は、担任教員にあると思いたがる傾向がある。
このような場合、親は、面と向かって担任に苦情(らしきもの)を述べない。たまに言っても、遠まわしに言う。これに気づいて、できるだけ穏便な対処をするのが大人の教員であるが、毎日の仕事が、洟垂れ小僧相手であるだけに、対大人に対しても、つい本音を言ってしまう。


これは気をつけるべきで点である。教員が意見を正直に吐くと後で手痛いしっぺ返しが来る。
親は小学校教員は、最終的に、自分たち親の言いなりになると信じて疑わないからだ(実際、そのとおりでもある)。


多く見られるのは匿名の電話や投書(今では電子メールのことが多いだろう)で、学校を管轄している教育事務所へ送る。事務職員(委員会指導主事と呼ばれる)は、それを見て、学校長へ連絡する、学校長から教員へと、内容が伝わる。ずいぶん遠まわしだが、これが意外に効果がある。

以上は、変な話だが、「互いの甘え」なのである。
親の教員への勘違いな要求は、親自身の不安の投影であることに、気づいているのか、気づかないふりをしているのか。
公立小学校での、親と子と教員との関係は、ヒラメの教育事
務所を含めて、複雑で微妙な関係なのである。