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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

授業参観は子供の発表会ではない。教員の腕の見せ所である。

小学校教員


授業参観日に学校へ行く。授業を見る。


授業が、児童の発表ばかりでは、その教員の力はたいしたものではないことが多い。
児童に発表させると、その親は、とりあえずは喜ぶ。それをねらった姑息な手段である。
授業参観日は、勉強が好きでもないぼんくら息子やぼんくら娘に、教員がどのようにして教科内容を教えていくのか、それを見るためにある。


だから、教員が七転八倒し、孤軍奮闘し、なんとか理解させようと、あの手この手で苦労しているところを、親は参観にきたのである。
テレビバラエティ番組よろしく、「やらせ」のような下手な発表会を見に来たのではない。
現場の教員は自戒しなくてはならない。

教え方が下手でも仕方がない。だから、辞めろとは言わない。そんなことを言っていたら、教員に限らず、世の中のほとんどの職業人は辞めなければならなくなる。
みんな、ようやく、あっぷあっぷで仕事をしているのである。
教員は、自意識過剰である。または、被害者意識が強すぎる。  


さて、あるべき参観授業は、次のようなものである。

できれば、新しい単元で、子どもがよく理解できそうもない内容を、理解させるための授業がいい。子どもの発表なんて全然必要ない。黙って学ばせろ。
そして、児童が黒板に出て実際に課題を解く場面も必要だ。子どもにノートをきちんと書かせることも必要条件である。教員が持てる能力で、参観者を圧倒するくらいでちょうど良い。
力ある教員は、そういった授業をあえて人目にさらそうとする。
だからこそ、大きな顔で「教員」と言えるのである。