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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

迷走する「総合的学習」は、「ゆとり」の廃棄物である


総合学習がいずれはなくなると書いたが、意外に早く消えそうである。目出度い。
ところで、こういう見方もできるのではなかろうか。

簡単に言うと、総合学習は、小学校低学年では理科と社会とを包含している。高学年でも、中途半端に理科社会の内容が盛り込まれている。
だから、これはむしろ、将来的に理科と社会とを義務教育から、特に小学校教育からなくしてしまうための布石ではないだろうか。
もし、そうだとすれば、実に大賛成である。

初等教育において、理科や社会はまったく必要ない。百害あって一利なしとは言わないが、まあ、時間の無駄である。
プラトンは、「政治は大人の仕事である」と言った。要するに、子どもに、社会科学の真似事をさせてみても、理解できるはずがない。人生経験がものを言う。
現在の「社会科」は、義務教育では、「歴史学習」につきるだろう。それも国語教育の中に含ませて、歴史の良書を選び、徹底的に読ませればいいだろう。薄っぺらく、しかも大学教員(あるいはその下請けのゼミの院生や学生)が書いたような文章では、駄目である。一流の文章家、歴史家の書いたものがよい。これらは読んで面白く、しかも人生勉強にもなるだろう。

「理科」もまた、観察実験と言うが、これがお粗末至極である。
そんなことより、ファーブルでも、とことん読ませればよい。興味は児童生徒が自ら醸成するだろう。疑問も生まれ、自ら探求するようになるだろう。
理科・社会をなくしてしまって、国語・数学を中心に学校教育を立て直す、これこそが、義務教育の現代化であり、必要急務な「改革」と言えるだろう。