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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

学校教員は神様である。馬鹿にするのは、損である。

物わかりのいい親たち


教育は、特に学校教育には、「権威」が必要だ。

今の学校は、権威をもっているどころか、地域の大人や、子どもや親から、「監視され、判定され、評価され」る対象である。それを文科省以下、賑々しく喧伝している。

馬鹿にするにもほどがある。

教育は、人間の一生を決めることが多い。
人生の一大事とまではいわないが、大事のひとつであるには違いない。

学校教育の中心は、教員である。教師であり、先生である。
恐れ多くて、教員の自宅の方角に足を向けて眠れないのではないだろうか。

教員の中には、馬鹿もいることだろう。
しかし、政治屋やマスコミ人ほどには、馬鹿は多くない。
仮にも「教員」である。たとえ馬鹿だとしても、普通の馬鹿ではない。意味のある馬鹿である。
だから、どんな教員に対しても、子どもも親も、まず敬意と感謝とが、必要なのである。

そんな馬鹿な、と言いたいだろう。


言うがいい。


 


しかし敬意と感謝とを持たないで、学校や教員へ応接しても、その結果はあまり良いことにならないだろう。


学校教員は弱い。「虫けら」ほどにも、弱い存在である。蜘蛛のようにはいつくばって、保護者や、場合によっては児童生徒に対してまでも、土下座をする。


教員をへこませて、親も子どもも鼻高々であある。不平不満の溜飲を下げたことだろう。


だが、それが教育だろうか。

感謝の念と敬意とをもって、教員へ接することが、結局は子供の得になる。


それはとりもなおさず、あなたの子供を幸せにする近道である。そして、あなたも幸せになるだろう。おそらく。