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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

公立の中高一貫教育校は失敗だったのか。今後のお楽しみか。

paru 2


地方では、特に公立高校のレベルが低下している県では、あわてて、とってつけたような中高一貫の県立高校を設置した。

各公立小学校から、学業成績もまあまあで、教員受けの良い「真面目」な子供を選抜して、入学させる。公立でありながら、中学高校一貫して、大学受験を目指して鍛えるという、親にとっては、安上がりで、お楽しみな学校である。

そこそこの子供を選抜して、教育事務所のお気に入りの教員を集めて教えさせたら、レベルなんて、すぐに上がるのではないか、という安直なアイデアである。

実際、ある種の教員にとって、子供の学力を上げるのは実にたやすいことである。
にもかかわらず、子どもの学力の向上が難しいのは、子供の学力をうっかり上げると、その教員をねたみ、そねみ、憎しみを抱く親や同僚がいるからである。泣く子も黙る「差別」というタブーに触れることにもなるからである。
公立の小中学校では(特に公立小学校では)、学力を思う存分つけることができない。低学力の、ごっこ遊びでお茶を濁すしかなかった。今もそうだし、これからも、そうだろう。

それはともかく、どんな学校や学級でも、優秀な子どもは、稀にいる。その子を集めて、公立学校の枠内で、遠慮なく鍛えることは、面白い試みであるが、ある種の運動家及び親にとっては、これほど不公平な話はないだろう。

公立の中高一貫校に反対しないのは、当該校に入学する子は、ラッキーな子というように、有権者のみなさん、納得しているのだろうか。 
不思議な現象である。

あれはおそらく、自分の周りの身近な子どもが行っていないから、嫉妬のしようがないだけである。あるいは、まだ、大学進学結果が出るのが先の話だから、反対のしようがないのである。
しかし、どうせ6年なんてあっという間だ。そのときにもだえ苦しむがいい。
それが嫌なら、今からでも遅くはない。
小学校から、「できない坊主」と、「できる子」あるいは「やる気のある子」とは、歴然と区別して学級編成するべきだということを、陳情メールなり、教育事務所への「ご意見」投稿なり、学校へ乗り込んで関係者に話すなり、知り合いの議員に事付けするなり、してごらん。

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以上を書いて、10年以上たった。
行政担当者にとっては残念なことに、多くの保護者にとって幸せなことに、公立の中高一貫校は、そのほとんどが失敗だった。


期待していた成果が上がらなかったようである。
いつもながら、文科省の諸君の目論見は外れたのである。お気の毒さま。