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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

実力以上に見える先生。無理をする先生。


教員たちと話をしていると、ずいぶん無理をしている人がいる。
無理の割合からいえば、中学教員が高い。この場合の無理とは、自分を実力以上に他人に見せよう、自分でも実力があると信じたい、という意識のことである。

まず、小学校教員は、無理をするも何も、仕事そのものが飾ることができない。汗だくの泥仕事である。無理をしなくても無理はすでに目に見えている。人前で飾って無理をする必要なんてない。つまり実力相応だから、無理がない。

高校は、高校教員であるという変な「プライド」を、「幸福」にも、たっぷり持っているから、これまた無理をしない。無理をするほど仕事に危機感を感じていない。大学教員の次にお気楽な商売である。

大学教員はそもそも無理をするという感覚がない。のんびり、ほどほどというのが、日本の大学教育である。楽にテキトーにやっていけないような大学教員は、そもそも大学教員処世術がないような教員で、これは論外とする。

中学教員が一番無理をしている。仕事で無理をするならまだ救いもあるが、そうではない。気持ちの上で、無理をする。無理に自分を飾ろうとする。
これは女性教員に多い。
公立中学校の場合、女教員は男先生よりも、圧倒的に不利である。生徒がなめきってしまう。それを跳ね除けようと、男勝りというより、変な男言葉と態度とが身につく。強いおばさんを演技できない場合は、卑屈になるか、卑怯になる。


女性教員が、男性教員よりも、有利になる場合も当然ある。女性教員の容姿容貌が、中学生を美的に威圧する場合である。ここでは論じない。



さて、ごく一般的な女先生は、生徒になめられると、授業が成立しない。それは困る。
同僚に対して無理をする。仕事ができない女と嘲られたくない。
だが、現実に授業は成立しにくいし、生徒の向上はなかなか見えてこない。
無理が進んで、保護者に対してまで、敵対する。口の利き方を知らない。こっけいなほど居丈高になる。
校内での指導の言動が、自分の背丈にあってないのに、それを自分で見ようとしない。
とはいえ、辞めるわけにもいかないこと、すべての勤め人と同じことである。

これは悪口で言うのではない。仕事上の求められる力と、本人の実力との齟齬がない、教員、会社員、役人、議員なんて滅多にいないことは、先刻ご承知である。あなたの会社でもそうだろう。
しかし、日本の小中学校の教員が、実力がないとしたら、世界中、何処に行っても、これ以上実力ある教員なんて、いやしない。


教員を批判するために言うのではない。
授業よりも、騒ぐために学校にやってくる「ろくでなし中学生」ばかりが増えた。その原因である家庭と、そして、教育行政の失策とを、言っているのである。