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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

大学教員の給与を7割減給。仕事相応の賃金。


人間は、働きに応じた給料を得るべきだ。
こう言えば、誰もが伏し目がちになるに違いない。
給料分の仕事をしているのは、いったいどこにいるのだろう。

公務員は不思議な商売で、景気によって評価が左右される。特に教員はそうである。
景気のいい時は、教師は貧乏で結核だらけと言われた。
景気が落ち込んでくると、教育公務員はエリートで、なかなか受からないと言われた。
しかし、平均をとれば、教員は、税金をたっぷり天引きされた後の、わずかな俸給で細々と暮らしている。
夫婦そろって教員であるか、どちらかが公務員または看護士等の安定した職についていなければ、家を建てることはできない。一人の儲けで家計は、とてもではないが、成り立たない。
いや、私の場合は成り立っている、と言うのなら、それはそれで、立派ではある。おめでとう。

さて、公務員の中で、その少ない給与で、
手取り額以上の仕事をしているのは、おそらく小学校学級担任と警察官ぐらいのものではないだろうか。


学級担任の給与は今の二倍にしてもよいのではないか。40人近くの子どもの将来に、恐ろしい影響力を持つのである。二倍でも少ないくらいだろう。

教員にもいろいろある。大学教員のそれは、現在の半分でも多すぎる。
あんまりだと思うなら、大学教員に小学校の学級担任をさせてごらんなさい。三日と、もたないだろう。

さて、憎まれ口を叩きたいのではない。
世間とは不公平なものである、と慨嘆するのである。
不公平がいけないことだ、と言っているのではない。
不公平なくせに、公平をよそおうな、と言いたいのである。

小学校教員から市役所勤めに転じた男が、つくづく述懐していた。
「よくあんな仕事ができていたなあ、ほんと学級担任はたいへんだった。役所は楽だよ。もう学校現場には戻る気はない、二度とできませんよ」

世間の勤め人の多く(役所勤め、大学教員や高校教員、政治屋、諸企業等)は、小学校学級担任の仕事から見れば、「遊び」で、給料をもらっている。

だから、学級担任は勉強せよ、と言っているのだ。諸君に足りないのは、大学教員のレトリックだけである。
まず、小学校教員が、無能な大学教員どもを駆逐して、彼らの不相応な給料を、そっくり頂くことが、世のためである。