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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

教員の付き合いはほどほどにしておけ。企業の真似ごとで怪我をする。

paru 2


あいつは憎めないやつだという。あるいは可愛いやつだという。
そこに「引き」が生まれ、贔屓が生まれる。
贔屓は人の常である。贔屓されるような何ものかを自身が持っていないとしたら、他人の良い点を見つけるのである。これしきのことでも、身に付いていないと、とても人なんて動かせない。
--というような話を、よく聞く。
それはそうかもしれないが、ご苦労なことである。 

人は理屈では動かない。感情で動く。
理論や数字で動けば、世の中は簡単である。
だが、現実はそうではない。そうでないからこそ、どろどろまたは淡白な「おつきあい」が大切なのだろう。
人間の信用というが、その実態は、何度も話をしたり一緒に飲んだり、同じ時間を過ごす回数である。要は「馴染み」である。馴染みの中から、損得が生まれ利害が生まれ、味方が生まれ、愛着もわくのである。

教員も同じである。しかし、同じであってはいけないのではないか、ということが言いたいのである。

教員は、本来は、子ども相手に、最初は純真ぶって、そのうちにとうとう本気になって「先生して」、定年になって、一丁上がりだった。
今はそうではない。
なれない「マネジメント」やら「ファカルティデビロップメント」やらで、文科省以下、さほど適性もあるとはいえないような教員が、企業競争の真似ごとに余念がない。どうせ、「ごっこ」である。
効果があるわけがない。

所詮、教員だ。教員らしく、お茶でも飲んでいればいいものを、いろいろと手を広げて、挙げ句の果てには、まるで権謀術数の外交官並の手管を使おうとする。

慣れないことをしてはいけない。無理をするな。
素人が怪我をするぞ。
教育事務所職員諸君や教員たちだけの怪我ならかまわないが、子どもまでも巻き込むことになるし、現に巻き込んでしまっている。
保護者と生徒児童こそ、まことに迷惑至極なことである。