読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

あのとき勉強しておけばよかった。幸不幸の選択も、本人次第である。

物わかりのいい親たち


あの時、こうすればよかった、ああすればよかった、と反省をし、後悔することは多い。
レストランで注文を間違って、料理が出た後、がっかりするくらいのことならなんでもないが、人生の選択ということになると穏やかではない。

一応の民主主義社会に暮らしていると、勉強するかしないかが、その将来に大きな差が出てくる。
勉強だけが人生でない、という。それはそうだが、勉強以外のことで、差ができてしまう社会は、不幸である。身分差があって、生まれや育ちあるいは時の政府や独裁者に忠誠を尽くすかどうかで、人生が変わってくる。
それに比べれば、個人が勉強をしたかどうかで、人生が変化する現在の日本社会は、平等で公平と言えるだろう。

私たち大人は、子供時代に戻れない。戻ることができたなら、やはり勉強しないだろうか。それとも、今度は心を入れ替えて勉強するだろうか。
たぶん、勉強するだろう。いや、きっとするに違いない。

ーーーと思いたい。

大人は、10代の勉強の価値を痛いほど知っている。原因と結果との因果律の一端を、体験として知っている。子供がうかがい知ることのできない世界である。
だから、親は、なけなしの金をはたいても、我が子には、しっかり勉強させようとする。涙なくしては語れない。

だが、親の期待ほどには、到底、我が子は勉強しない。仕方がないことである。
勉強しない子は、勉強をしないことを選択したのである。その結果を、一生背負うて生きるのである。勉強する子もそうである。どちらが良いか悪いか、他人が判断することではない。それは当人にすら判断できないこともある。運という大きな歯車があるだけなのだろう。
合掌。