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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

「ゆとり教育」はインチキである。子供は先生の魂胆を見破っている。


教育史上の巨悪と言ってもいい「総合的な学習」、「ゆとり教育」が、指導要領に収まる以前から、子どもの「発表」のようなものは、あった。

とくにそれは、参観日の授業で、よく、見かけた。
子どもが数人ずつグループに分れて、色々調べたレポート(のようなもの)や、画用紙になにやら書き込んだものを、発表する。または、身振り手振りを交えて発表する。
何をやっているんだか、さっぱりわからない。まあ、相手が子どもだから微笑ましくて可愛くもあるが、実はそれが教員のねらいである。
自分の下手くそな授業を見せずにすむ。



近ごろは、教育に詳しい親も多い。教科内容や指導法についても、親の方が、教員以上の場合も、あるかもしれない。となると、教員は、新しいことを参観授業で教えることができない。自分の技量を一発で見破られてしまう。
そこで、あらかじめ何度もリハーサルをさせて、子どもに発表(のようなもの)をさせる。
総合学習が、指導要領にばっちり入った今は、嬉しくてしょうがない。発表、発表で、すべてオーライである。

あんなことで、子どもに学力がつくものか。あれは、テレビのバレエティショウの下手な(しかし、けなげにもまじめな)物真似である。

公立はだから、いけない(私立もそうか?)。
親も愛想を尽かして、私立に入れたいのだが、私立小学校は、たくさんはないし、第一、授業料が高い。
日本の公教育なんて、今やこんなていたらくである。

前置きが長くなった。
メールの中から、紹介する。三人のお子さんが小学校在籍中の方である。

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『授業参観に思うこと。

「プレゼンしよう」
毎度毎度、子供達の「プレゼン:普段の生活の発表」には、いい加減飽き飽きなのです。
(私達が子供の頃の授業参観は、先生の「普通の授業」をしている姿と子供達の反応を見てもらっていたような気がします。机間巡視をされる先生に、注意されたらどうしよう・・とか、手を揚げて発表しても間違えたらどうしよう・・などと、心地よいドキドキ感があったように思い出されます。)
私達「親」は、先生が普段、どのように子供達を指導してくださっているのか、本当は、それが観たいのに「子供達が、プレゼンします」(私には、プレゼンと言う言葉の響きに酔っているような気がしてならないのですが。ただの「発表会」・・と思うのです。しかしながら「発表会」ではないそうです。
 

(中略・・・paru)
 

縄跳びの技術を見せてくれたり、「お父さん、お母さん生んでくれてありがとう」なんて言葉を言ってくれたりするのは、普段自宅でも観察できますし、声を揃えて無表情で言われても、なんの嬉しさも込み上げてこないのは、私がおかしいのでしょうか?
確かに、低学年の子供達は、それはそれでかわいいのですが・・。
そんな、お仕着せの練習をした子供達の姿を見せて、先生方は、なんとも思わないのでしょうか?幼稚園児にも劣るような内容で・・。

ゆとりの教育で、主要教科の学習時間がなかなか充実出来ないと嘆いていらっしゃるような先生もいるのでしょうが、この「わけのわからないプレゼン」の練習も、かなりの授業時間を割いて、やっておられることと思います。(子供達が「今日もまた授業参観の練習だよ・・・やだなぁ・・と言うので、なんとなく、そう感じました。その練習の間、先生は何やってるの?と聞いたら、「知らない、どっか行ってるんじゃない?」です。)』