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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

アメリカが大好きな日本人。勉強をしても、しなくても。

アメリカ好き

日本人はアメリカが大好きである。
アメリカに憧れて、なんでもかんでもアメリカの真似をした。
戦争に負けて、植民化されると、大概そうなる。
支配者を憎まずに尊敬し恐れて、かえって憧憬を持ってしまう。

アメリカは多くの人種が混在し、貧富の差が激しい。エリートと非エリートとの違いがはっきりしている。
強いこと、若いこと、成績優秀なことが立派だとされる。
アメリカ型社会は、めっぽう強いカウボーイヒーローの世界である。
どんな環境にあっても、能力さえあれば、少ないチャンスをものにして、成功できると信じ、実際に成功する。
利己主義かつ活力のある人間を、拒否しない。しないどころか称賛する。

しかし、アメリカは、教育については、ほとんど選択の自由がない。出身、門地、親の財力等々で、受ける教育が違う。
日本とは、比べものにならない区別社会である。


これが良い悪いではない。日本も、ご同様で、現にそうなりつつあることが言いたいのだ。
指導要領をはじめ、教育制度が、後押ししている。

日本では、アメリカほど、貧乏人もいなければ、大金持ちもいない(ように見える)。だから、みんな同じだと、錯覚してしまう。
小学校が特にそうで、私立や国立に通っている小学生はまだ一部で、多くは公立の小学校である。
学級の児童が、みんな同じであると、本人達も思うし、周りの大人もそう思う。教員に至っては、区別もない平等社会だと、自分でも信じて、喜んで児童生徒に吹き込む。

親は、我が子が少しばかり勉強ができれば、「優秀」と勘違いして、私立の中学校へ行かせようとする。学習塾にのめり込んで、晴れて私立中学校へ行かせたのはいいが、後が続かない。
何が続かないかと言えば、能力が続かない。場合によっては学費が続かない。そもそもが勘違いから発した行動だから、気づいた時には、手遅れである。
これもまた、良い悪いではない。アメリカ的能力主義の怖さを知らないだけである。

少しばかりと言ったが、比べる相手が学級内の鼻たれ小僧である。朝の漢字テストや、教科書添付の計算プリントで90点取ったくらいで、自分の子は優秀だと勘違いする。
あの子より上だったと喜んでも、どうせ周りはドングリである。

地方の秀才は、秀才ばかり集まる都会の学校へ入ると、たちまち自分の鈍才ぶりに気づいて唖然とする。本当の勉強はそれからである。

教育までアメリカ風になると、実は居心地が悪い。
日本の風土に合っていないと気付いた時には、もう手遅れで、どうしようもない。
私たち日本人は、アメリカが大好きで、アメリカに頼っているのである。ひとり教育だけが、まぬかれるわけがない。