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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

算数・数学は難しいほうがいい。「百玉そろばん」の無駄。

算数は具体物との対応が大切だ、とかで、分数の3分の1を教えるとき、大きなケーキを買ってきて、包丁で三つに分けたりする。 それがよい授業なのだそうだ。 とんでもないことである。 算数は抽象概念を操作できるようにする。具体物は不要どころか、害悪で…

勉強ができると不安になる親。学習程度を上げてはいけない、みんな一緒が安心です。

学級の学習の到達度を上げてしまうと、不快に思う親がいる。分かりやすく言えば、子供の学力を伸ばすと不安に思う親がいる。勉強ができて良いことづくめのようだが、そうではないのである。他人の子供と同様に、我が子が伸びるかどうか心配なのである。 我が…

楽しい授業は、大間違いである

不思議なことである。中学校や高校では、まして大学では、「楽しい授業」なんて言わないのに、どういうわけか、小学校では、楽しく分かる授業、などという。 授業が楽しいわけがない。子どもに問うてみるがいい。健全な子どもほど、授業は「楽しいものではな…

楽しい授業、そんなものはいらない。濁った遊戯である。

「楽しい授業」というキャッチフレーズは俗耳にはいりやすい。 授業(学習)が楽しいわけがない。楽しいと錯覚しているだけである。 学ぶことに一種の楽しさを感じるときは、確かにある。知識を増やし、できなかったことができるようになる、自分でも力がつ…

偏った歴史教科書のねらいは何か。小学校社会

中学校の歴史教科書の内容について、隣国のシナやコリアから、文句が出たことがあったが、小学校の教科書については、どうなのか。 表立っては文句が出なかったようである。チャイナやコリアにとって、おおむね都合のよいことが書いてあるからだろう。 知人…

嘘くさい「活発な授業」と子供の交流。

教員は、授業を、一方的な思い込みで判断しがちである。 子供が手を挙げていさえすれば、「活発な授業」だと思う。子供が、思いつきの発言をしたら、「発表が多かった」と満足する。 ざわざわと隣の子供と無駄話をしていても、「子ども同士の交流があった」…

子供は学ぶことが大好き? 勉強の邪魔を、学校がする。

子どもは、学校で毎日勉強している。 何を勉強しているかというと、国語や算数やその他の教科などである。教科を学ぶことばかりではない。掃除の仕方とか、給食の食べ方なども、勉強の一種と考えてよいだろう。この意味での勉強も、日本の学校は熱心である。…

知性を高める授業。教科を俯瞰できない教員。

学校教育の授業の目的は、子どもの知性を育て、高めることにある。 このことが全然理解されていない。 子どもにではなく、教員に理解されていないのだ。 1時間の授業で、知性を鍛えられているという実感を子ども自身が感じられるような授業が必要だ。授業前…

担任の当たり外れは子供の一生を左右するか。

子どもの学力の向上は、教員によって、ずいぶん違う。 親戚の二人の子どもを見ていると(4年生と6年生)、担任によってこうも違うのか、というほど、学力で差が出ている。 4年生の担任は、確固とした学力観をお持ちのようで、児童たちに遠慮会釈なく学力向上…

無駄の多い授業。教授効率の悪さが目立つ。

学校で行われている授業の多くは、運用上、無駄が多すぎる。特に小中学校にその傾向が目立つ。 学校での児童生徒の時間を大切にしていない。教授の効率が悪いのである。高校は進学校と呼ばれる一部の例外を除いて、やはり非効率である。大学はそもそも授業効…

担任教員への手紙と、油断のならない保護者

以下は、知人が、担任教員へ出した手紙である。 子供の親は、このくらいのことは、考えているのである。 力のない不勉強な教員は、淘汰されるべきである。 前略 いつもお世話になっています。 さて、二三気づきがございますので、ご参考までに。 五年生二学…

子供の算数のノートに、担任の実力が出ている。

担任の実力を測る簡便な方法はあるのだろうか。それは、子どもの学校で使っている学習ノートである。 いろいろ見る必要もない。算数のノートを見れば、たちどころにその教員の実力が分かる。 我が子は、学校でしっかりと学力をつけているのかどうかは、算数…