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ぱるるの教育批評

教育、受験、学校その他あれこれ (サブ倉庫)

授業時間数の確保。時間が過ぎれば良い? 授業の中身がすべてである。

時間がたっぷりあると、逆に、仕事の速度は、かえって遅くなる。 時間数の確保とかで、授業時間の計算がやかましくなった。国語が1時間足りない、社会が2時間多いだのと、神経質に気にする。集計を月ごとに出す。週末に出す。はなはだしきは、毎日出す学校ま…

道徳という名の、おちゃらけ。道徳は「日本国史」以外にはない。

道徳なら、道徳らしい「教材」を使うがいいだろう。 日本の歴史に決まっている。 国史に、教訓はいっぱいに、つまっている。 道徳という名の「授業」で使用するべき教材である。それ以外にはない。 道徳とは、常識だという前に、これは教養なのである。読書…

頼んでまで教育して、世界トップレベルの学力を目指そうだなんて。

十数年前のこと。例によって文科省が下手をして、子どもたちの学力を下げてしまった。あわてた文科省の役人が、「世界トップレベルの学力を目指そう」などと、各県の教育長を集めて話したことがある。 自分でやっておいて、とぼけている。 「ゆとり教育」だ…

社会科は不要な教科である

ずいぶん前のことになるが、ある席で、次のような意見を聞いた。 ~~~~~~~~~~~ 社会科なんて無駄な教科は、なくすに限る。先の戦争に負けて以来、図々しくも、教科の一つに居座っている。いったい、社会科で、何を教えているのだろうか。 あれは学…

学習指導要領は常に誤る 文科省の戦後教育

文科省は、定見のない集団で、指導要領を変えるたびに、学習内容の程度を、下げたり、上げたりして、現場を振りまわしてきました。見通しのなさは、彼らに国家観がないからで、戦後教育どっぷりで、1946年米兵製「平和」憲法万歳で育った人たちですから、当…

学習指導要領の大失態。学校を遊び場にして、勉強は学習塾で。

「来年から、小学校低学年で始まる『生活科』だの、『総合学習』だの、みょうちきりんな、いわば「お遊び」の時間が学校で行われるのは、実に嘆かわしいことである。以前は、学校の外で、子どもが自然と身につけたことばかりだ。 家庭では身につけられないか…

教育は、堂々巡りで、子供を迷わせるばかり。

太古の昔から、子供が学ぶべきこと、教員が教えるべきことは、決まっている。読み書き算盤である。 それを、素直に習得させればいいものを、愚かな流行を無理やり作って、勝手に迷う。 大人が迷うのは、自業自得だから許されても、肝心の子供を迷わせて、ど…

「読み書き計算」が学力の中身である。

学校は、学力をつけるところであると、誰でもが思う。ところが、学力の中身が、今ひとつはっきりしない。 学力とは何か。その人に身についた学習結果のことである。では義務教育期間での、学習とは何か。段階的に基礎的知識を学ぶことである。すると、学力は…